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食す相転移「かき揚げそば」③〜食券、注文、受け取り。刹那のプロセス〜

かき揚げそばを頼もう。もちろん立ち食いそばや、それに類するチェーン店だ。いつでもどこにでもある、汎用性に心の安らぎを覚えよう。食券を買おう。箱根そばなど、店によってはその時々の旬な食材をかき揚げている。今はなんのかき揚げだろう、そんなふうに月に一度くらい、心躍らせ、季節の移り変わりを知れる。そんなこともかき揚げそばの魅力だ。かき揚げそばには四季が封じ込められている。

食券をカウンターに置かれたお盆に置こう。ここで聞かれるだろう、「そばですか?うどんですか?」日常のルーティンと化したややテンポの速い機械的な声の問いかけに、ふと、うどん、と答えそうになるかもしれない。でもここはぐっと堪えて落ち着き、みぞおちに落とすような声で「そば」と答えて欲しい。

うどんファンの方には申し訳ない。でもここはそばでなくてはならない。この、かき揚げそばという相転移を食す物語の最後を飾るカオスを味わうには、はちきれんばかりの無垢な白さのうどんではやや眩し過ぎる。あのそばの、何割かはわからないとしても、黒くぼつぼつとした素朴な風貌が必要なのだ。

さあ、うどん、そばの問いかけトラップを越えたら心の中でゆっくり10を数えよう。タイム感が体に入っている玄人は目を閉じて数えてもいい。かき揚げそばと自分がなんなのか、束の間思いを馳せてみる瞬間だ。慣れない人が目を閉じて数えると、そばが出来上がった時に店の人に不穏に感じられるのでやめておこう。それくらい、かき揚げそばが出るのは速い。

むしろ出来上がるまでの肯定を眺めてもいい。出来上がりまでをあそこまで堂々と見せる食事もなかなかない。丼にそばを湯がくようのお湯を張り温め、すでに湯がいてあるそばを湯にもどし、丼にそばを放り込み大きめのお玉で寸胴から黒色のつゆをひとすくい、計量の必要はない、一杯がそのままその量だから。バットに縦に並べられたかき揚げをトングで掴み、ほぼ同時にネギとワカメがのる。出来上がり。

ラーメン店、あまつさえマックや牛丼でもこれだけ堂々とプロセスを見せることはないだろう。自分が今から食すものの成り立ちを見届けるというのは、以外とあるものではない。

さあ、長々と書いたが、食券を買ってからここまで一分。刹那の時間だった。すりごまを振り、七味を振り、いよいよ食べよう。

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