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そんなやり方があるのかと思った短歌/短歌のある日々
わずか三十一文字で可能な限りの表現方法を試すのが短歌。中でも今回はとっておきの変化球を使っている作品をご紹介。
にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった/加藤治郎
今では日常で使う人がいない「ゑ」。ワ行の四つ目に位置するので、ウェと読むのだと言われることもあるが、実際に音にして使っている人がいない以上それが正解とも言えない。要するに、表記として遺っているだけの超特殊文字なのである。
この短歌の真ん中をたっぷり占める「ゑ」。鶏の鳴き声のようにも見えるし、戦争の混乱状態を表しているようにも見える。音読することもかなわない短歌ではあるが、「ゑ」でしか表現することのできない世界観がある。
ぬ ぬぬぬ ぬぬぬぬぬぬぬ 蜚蠊は少しためらひ過ぎりゆきたり/宮原望子
「ぬ」とスペースによって、完全にアレの動きを再現している。動きが脳内で再生されてしまう。恐るべき表現力だ。これでちゃんと短歌になっているからおもしろい。一文字足りないじゃないかと言う人もいるかもしれないが、この作品では空白も一文字。音楽で言えば「休符」である。
「ぬぬぬぬ」ではなく、「ぬ ぬぬぬ」。これ、全然違うものだ。
るるるるるるるるるるるるるるるるるどれがあの子の乗る一輪車/eh
ここでの「る」は、音でも意味でもなく、単純にひらがなの「る」の形に着目したもの。そう言われてみると、一輪車に見えてくる。着想がおもしろい一首。
ぎしゅぎしゅと水着を脱いで足首に紺の∞のねじれた宇宙/麻倉遥
今度は「∞」。∞を脱いだスクール水着の形に見立てる。歌の内容にフェチシズムやエロティシズムはなく、あくまでもリアリティに特化している。
∞の見立てもおもしろいが、「ぎしゅぎしゅ」というオノマトペや、ねじれた宇宙で括る詩情も見事。
パスワード******と映りいてその花の名は我のみが知る/吉川宏志
思わず膝を打つような巧さ。確かに、伏せられた文字を知っているのは自分だけである。「*」を花に喩えているのも素敵。
蛍烏賊とるとつぎつぎととととと出でゆきにけり 船の後ろ姿で/佐佐木幸綱
ホタルイカ漁船が出ていく様をユニークなオノマトペで表したもの。「とととと」は船の音でもあり、連なる様子でもあるのだろう。
まったく関係ない話だが、昔博多弁あるあるで「とっとーと」という言葉があると聞いたのを思い出した。「取ってある?」「取ってあるよ」という意味で、語尾に「~と」が付く博多弁ならではの語法。九州出身の人から教わったとき、なにそれおもしろいと思った。いや、言いたくなっただけ。
以上からもわかる通り、世の中の短歌はすべて「文学的」だとか「高尚」なものだとか思わなくても良いわけだ。読んだ人に「そうきたか」とうならせることができたら、それは短歌として既に一級品。こんな感じの短歌なら読みたい、作ってみたいと思ったら、今日からでも取り組んでみてはいかがでしょうか。
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