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左利きの話。/渡瀬けん『悲しくも笑える 左利きの人々』


以前、友人のブログで紹介されていた本。Kindleの読み放題にあったので読んでみた。

何を隠そう、私自身も左利き。書き手だけ右に直した典型的なタイプで、それ以外はすべて左を使う生粋の左利きである。

左利きが感じるほとんどが網羅されていておもしろい。

「台所用品には、ちょっとした角度が付いているものがたくさんある。それは右手で使うときはナイスアイデアかもしれないが、そうすることで左利きにはとても使いにくい品物になることを知っておいてほしい。」とあったが、これは本当にそう。

私の天敵は、バイキングで用意されているスープの「おたま」。右利きの使用しか想定していない「角度の付いたおたま」に出合ったときは、絶望である。左で無理に入れようとすると、カップを持った右手を左側に持っていき、左手に持ったおたまを右側から手首を反らして入れることになる。私は『ビッグボーイ』のスープバイキングでこれをやって右手に汁を掛け、二度ほど負傷やけどした。
(注)ビッグボーイは悪くありません。念のため。

↑こういうやつ。左利き殺しである。

あとは左利きの消しゴム事情が載っていたのには感動した。鉛筆は右手に直すとはいえ、生粋の左利きは基本的になにをするのも左。「書く」のは右でも、「消す」のは左のままであることが多いのだ。私もまさにこれで、試験の時は他の人よりも有利だった。右手に鉛筆、左手に消しゴムを構えていたから、間違えたらすぐに消せる。「書く」行為だけ右手なので、他にも「塗る」ときは左だったりする。枠の中を塗ったり、マーカーでなぞったりするときは、今でもペンを左に持ち換える。

改札機が右利き仕様だったり、食事の時に右側に座りにくかったり、はさみが使いにくかったりと、一通りの違和感は経験済みだが、これまでの左利き人生、とんでもない不便を感じることはない。例えばピアノをやっていても、みんな左手で伴奏、右手でメロディを弾くわけだし、ナイフとフォークにしても、みんな左手でフォーク、右手でナイフを持つわけである。誰だって両方器用に使っているではないか。(むしろ、右利きの人はよく左手でフォークが使えるな、といつも思っている。私は日頃から箸もスプーンもフォークも左手なのでなんの不自由もないが。)腕時計や、電話の受話器、マイクなど、なぜ皆左を使うのかも不思議に思っている。私も左。そこは一緒。

スマホを使うのも左手だから、指認証は左手の中指が登録されていたりする。右利きであれば親指の位置にくるところ。こんなの工夫次第でどうにでもなるのだ。

この本の中で初めて意識したのはマグカップの柄。言われてみると、右手を持ち手にした方の向きにしか絵がないものがある。これを知ってしまってから、コーヒーを飲むたびに損したような気分になってしまった。間違った使い方をしていると言われているよう。仕方ないではないか、左利きなんだもの。

左利きは全体の10%を占めているそうだ。全体の10%というマイノリティに属しているという意識は、少なからず自分の人生観に影響していると思っている。もちろん悪い意味ではなく、ちょっと特別である自負と誇り。自分は左利きなんです、どうだ参ったか。普段当たり前に左を使うので基本的に意識することがないが、食事のときなどで思い出したかのように指摘される。レフティなんだねぇ、と言われるのは悪い気がしない。

ところで、時々局所的に左利きという人も見かける。投げるのだけ左とか、食べるときだけ左とか。この間は、「字を書くときだけ左なんです」なんて人もいて驚いた。よく直されなかったなと思う。ちなみに、左で字を書くときの難点は、書いている左手の右側が真っ黒になることだ。字は左から右に書くもの。書いたところに、書いている手がこすれるのである。直される前の、遠い思い出。

思わず左利きであることを誇示したくなる。そんな本である。

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