日記②――村上春樹『アンダーグラウンド』をおススメする

あいかわらず毎日、本を読んだりアニメを観たりしている。今回も最近読み終わった本の感想を記していこうと思う。

村上春樹の『アンダーグラウンド』を読んだ感想を記していく。本書は、地下鉄サリン事件の被害者および関係者にインタービューして、村上春樹が一冊の本にまとめたノンフィクション作品である。
実は幾原邦彦監督の『RE:cycle of the PENGUIDRUM』という『まわるピングドラム』の劇場版を二ケ月ほど前に観たので、地下鉄サリン事件に関係する書籍として、『アンダーグラウンド』を読んでみようと決めたのだ。知らない人のために記しておくと、『まわるピングドラム』も地下鉄サリン事件を題材としているアニメなのだ。
さて、村上春樹の『アンダーグラウンド』を読み進めていると、あまりに凄惨な地下鉄サリン事件の現場が描かれていて、思わず恐くなってしまう。その意味で、村上春樹の『アンダーグラウンド』は読者を引き込み、読み進めさせる力が備わっている。それに、地下鉄サリン事件の被害者の当時の状況が語られていて、我々が被害者の後遺症などについてどれほど無知であったか痛感する。この書籍は、決して気軽に読める分量の著作だとは言い難いが、誤解を恐れずに言えば、間違いなく面白い読み物である。
だが、この『アンダーグラウンド』に欠点がないかというとそうではないと思う。
『アンダーグラウンド』についての批判は、例えば吉本隆明が「村上春樹『アンダーグラウンド』批判」(『ふたりの村上』)において、『アンダーグラウンド』の中村祐二弁護士へのインタビューについて次のように述べている。少し長いが引用させてもらう。

ひとつはこの『アンダーグラウンド』を村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』の後にくる作品とみなした場合には、この中村弁護士からの聞き書きは、『アンダーグラウンド』という作品の思想を象徴しているとみなされるということだ。すると中村弁護士からの聞き書きは、まことに申し分のない「正義」を象徴している。そして村上春樹は申し分のない「正義」の作品を書いたことになるのだ。
(中略)
しかしもしかするとこの中村弁護士からの聞き書きが、村上春樹の『アンダーグラウンド』という作品の思想とモチーフにたいして、強力な助っ人になって、作者村上春樹の「正義」派的な通俗性を助長しているとすれば、言及せざるをえない。

吉本隆明「村上春樹『アンダーグラウンド』批判」(『ふたりの村上』)

吉本隆明は『アンダーグラウンド』に挿入される中村裕二弁護士へのインタビューを問題視する。ちなみに当然のことながら吉本の文章は、麻原彰晃に関する裁判がまだ進行中だった頃のものだ。吉本は、中村弁護士らの行為は法曹家の範囲を逸脱しており、「世論」操作に加担した不当なものだと述べている。そして、中村弁護士らの言動は、異をとなえる人間を「袋叩き」にして追いつめ、「世論」なるものを作り上げていると吉本は非難する。
つまり、吉本はこの中村弁護士へのインタビューが挿入されることによって、『アンダーグラウンド』が通俗的な「正義」を装う作品になってしまっていると批判しているのだ。確かに吉本隆明の批判は、ある程度妥当だと僕は思う。
ただ吉本隆明は『アンダーグラウンド』を批判することに終始しているわけではなく、特に『アンダーグラウンド』の明石志津子へのインタビューについては褒めている。明石志津子へのインタビューの箇所は、僕も落涙を禁じえないほど感動した。
ちなみに、大塚英志は「ノンフィクションと非「暴力」――村上春樹『アンダーグラウンド』を読む」(『村上春樹論――サブカルチャーと倫理』)において、『アンダーグラウンド』の明石志津子へのインタビューの箇所は、村上春樹の「蛍」や『ノルウェイの森』からの流用であることを指摘していることも書き添えておく。『アンダーグラウンド』は、ノンフィクション作品の虚構化という興味深い一例なのかもしれない。
それにしても、『アンダーグラウンド』はめちゃくちゃ興味深いノンフィクション作品であり、未読の方にはぜひおススメしたい本である。きっと『アンダーグラウンド』に関する、最新の研究成果をまとめた論文なども存在することだろうから、それらの論文を読んでみてもいいかもしれない。(大塚英志による『アンダーグラウンド』への批判もきちんと取り上げたかったが、あまりに長くなるのでやめることにした。)

最近観たアニメについても書きたかったが、やはり長くなるのでまたの機会に書くことにする。

それでは、ごきげんよう。

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