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ぼくのおはなし 第一章其ノ二


今回からは小学生編です。

恋あたみて毎日ぎゅんぎゅんしてます。

では。

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「少年、悟る。」




小学1年生の後期。






少年は野球に日本舞踊に頑張っていた。

火木土日は野球の練習。水曜は踊り。





たまに土日にある舞台は監督さんのおかげで優先させてもらっていた。

(三ヶ月に1度くらい)










身体能力だけはあったのだろうか。4年生に50mで勝ってしまったりしていた。上手くなってると自分でも実感していた。





そんな生活を続けていた所あっという間に月日は過ぎて、もう3年生になろうかと言うところ。






冬場の練習がまぁきつい。






小学2年生にとって6年生のスピードの
体育館35周はかなりきつい

だが楽しいからやってられる。






このあとのバッティング練習が楽しみで







キャッチボールが楽しみで。






そして夏になった時、


ジュニア(小4以下)の大会で準優勝。
小2でセカンドやらせてもらってメダルも貰って





少年、勝つ喜びを知る。

そしてもっと上手くなりたいと練習に励んでいた。







そんな2年生の冬。







ある一言を告げられる。






正直、監督だったか父兄の方だったかどちらに言われたかは覚えていない。






だが衝撃だけは受けた。















「野球と舞踊。どっちか選んでくれ。」








練習に参加する回数が少ない子どもが試合にでるのが気に食わない父兄から文句を言われたらしい。それなら他の子供をだせ。という理論らしい。
(気持ちはわかるが、いまだに理解はできていない。)







ここで少年、悟るのである。






「あ、たとえ上手くても上手いだけじゃダメなんだ。頑張ってても認められないんだ。」







こんな想いは絶対にさせたくないと今でも思うが、



少年、多少怒りの感情を覚える。






俺がんばってんのに。






その父兄の方は自分の子供のために言ったのだと思うが。













「こんなのなら野球はやらん。踊りやるわ。」









少年は小2にして戦力外通告を受けたのだった。









ただその時の監督さんは今も気にかけてもらっている。度々声をかけてくれる。(近所)





それに関しては本当に感謝している。





小学3年生になる直前。
少年は野球チームを辞めて踊り一本に絞ることになった。





ただこのままだと運動不足が著しいため、サッカー教室みたいなのには通っていたが、ここからほぼ1本に絞った舞踊が飛躍していく。




小学3年生




香川県善通寺での弘法大師の奉納舞にて
弘法大師「空海」の幼少期「真魚」として出演が決まる。


初めての大きな舞台での出演。しかも役が付いている。







そして初めて家元と一緒に踊っていただける事になった。





幼いながら、家元は雲の上の存在で








お稽古の時はただじっと見つめられているだけで

全身から冷や汗が出るくらい緊張する。








あの姿、華、いわば神々しさと言ったところか








少年は嬉しさとプレッシャーに挟まれて身動きが取れないような。そんな感覚になっていた。










夏休み怒涛の毎日。




厳しい稽古。朝9時に稽古が始まって帰ったのが夜なんてザラだった。





人生で初めてプレッシャーを感じて胃痛で
病院に駆け込んだ事もあった。






講師で来られていた先生が非常に厳しい方で
かなり合格もらえるまで時間がかかった記憶がある。



でもそれも愛が幼いながら感じられて頑張れた。




現地入りする直前まで通し練習。

通しリハ。



直前で振りの変更も何度もあった。









舞台は香川県は善通寺。





弘法大師空海が誕生したお寺である。





現地に入ってからもリハの連続。




香川県に来て讃岐うどんは家族全員食べたが、
少年だけは食べられず。




そんな余裕もなかった。うらやましいとも思わない。






本番。







1人だけ本堂の裏から登場。









1人で静かに待ち続ける。









この時間が無限に感じられた。











真っ暗闇の中。周りは全く見えない。

本番前のため無音。










宙に浮いているような、水を泳いでいるような。

妙に心臓の音だけが響き

血の巡りが全身に感じられて。

だが末端は冷たく。









本当の真っ暗闇で無音の瞬間というのは経験し難いものなのかもしれない。









この時の感覚だけは一生忘れないだろう。











深呼吸を何回もする。
過去経験したことのない緊張と感覚。














この一瞬。全てが決まる。




この3ヶ月、構想から1年ほどあっただろうか。



構想の段階から会議まで小学3年生で参加させてもらっていた。

1から全てを作り上げていく難しさ厳しさを知った。








多くの人が作り上げた舞台。





始まる。








開演。








しばらくして琵琶の音が鳴り響き







出番がやってくる。










一歩踏み出す瞬間






入り込む。






緊張も不安もすべて吹き飛んで













自分の時間。








家元と作り上げる。引っ張られながら。










真魚になる。真魚となる。










一瞬の時間。






終わる。






最後までこの舞台を袖で見届ける。




まるでもう終わることが信じられないかのように







最後の全員での挨拶が終わる。










終わった。
とてつもない充実感。





何もかもがあっという間で

夢のようで

新しい







帰りのバスのワイパーが途中吹き飛んだが
無事に帰宅した。

(事故らなくてよかった。)











少年、完全にやりきって疲れる。






だが充実感が勝って気持ちがいい。




明日からまた学校だるいな〜くらいの疲れ。













やっぱり楽しい。
このまま踊りをずっとやっていくのかな。
















でも足りない。



やっぱり何か足りない。










なんだろう。



















あ、























...野球だ。







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いかがでしたでしょうか。



小学低学年から中学年の物語。


あの一言。悲しいですよね。
少年としては好きなことやってるだけだけど
周りからは認めてもらえないみたいな。


そこの縮図だけすごく大人ですよね。

当時まさかこんなことになると思ってませんでした
今はもう客観的に見れますが、
力のない子供はただ負けるしかありませんから
抵抗はできません。つらかったですね。笑



戦力外通告を受けた少年。

ここからどうなっていくのか。


次回「少年、戦う。」



またいつになるかわかりませんが、
気長にお待ちください。



*見出しの写真は真魚の登場シーンです。この時には完全に緊張は消えてました。今もですが舞台に一歩踏み出すと緊張は飛びます。



近藤俊太郎

ご声援宜しくお願いします😊