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ウルトラセブンに漂う”オトナな雰囲気”の秘密

 『ウルトラセブン』と聞いて、イメージするものの種類や数量や深度は人によって様々です。真紅のボディ、六角形に象られた黄色の目、頭にはアイスラッガーといったセブン自体の見た目から始まり、詳しくなればなるほど、そこから宇宙人・怪獣・メカニック・制作側の人名・裏話・・・といったように、作品を構成する多くの要素が出てきます。全くピンと来ないで、イメージもビジュアルも微々とも思い浮かばない方は、日本国内ではそう多くはないでしょう。

 それだけ作品として、キャラクターとして一定の知名度を誇るウルトラセブンですが、それに伴ってファンやマニアも他の特撮作品に比べると多く、多世代間に渡って「セブンファン」が存在します。初放映から50年以上経った今でも様々なレビュー・考察・談義が行われていて、そんな名作「ウルトラセブン」について、魅力として認知されている独特の雰囲気について考察していこうと思います。

1.「SF」としてのウルトラセブン

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 冒頭でいきなり「独特の雰囲気」と言い切りましたが、1967年から68年まで放映された番組としてのウルトラセブン(以下『セブン』)が高い評価を得ている理由として、他のウルトラシリーズとは違うダークな、落ち着いた、暗澹とした、まとめてしまえば「オトナな」雰囲気を持っている事が挙げられます。小さい頃はあまり意識はしてなかったけど、中学・高校と歳を重ねるにつれて、あるいは大人になってから改めて作品を見たことでこの作品の奥深さに気付き、魅了された、そんな方も多いのではないでしょうか。それもその筈、『セブン』は特撮作品・巨大ヒーローモノであると同時に、高度なSF作品という背景を持っています。

「地球は狙われている。今・・・宇宙に漂う幾千の星から、恐るべき侵略の魔の手が・・・」

 これは『セブン』第1話冒頭のナレーション、全49話の一番始めに視聴者に届く言葉です。他のウルトラシリーズでは戦いの対象は怪獣となりますが、『セブン』の場合は高度な知能を持った、地球に対する明確な意思を持ってやって来る宇宙人と対決する物語となっています。人類の宇宙進出も当たり前になった近未来、地球を狙う多くの侵略宇宙人に、人類の叡智を結集した地球防衛軍、そしてヒーローが立ち向かう・・・。これはもう立派なサイエンス・フィクションです。監督として制作に携わった満田かずほ氏も「SF色を強めて高年齢層を取り込むなど、様々な面で(前作の)『ウルトラマン』との違いを意識した」と述べています。

 ただ、「SFという性格を存分に取り入れた」、それだけでは大人向けな雰囲気を感じる理由にはなりません。子ども向けのSF作品はいくらでもあります。初代ウルトラマンや『帰ってきたウルトラマン』以降のシリーズには無い、深いストーリーと共に『セブン』独特の雰囲気を決定付ける2つの要因があります。

2. 子どもが登場しない

 1つ目の大きな特徴はこちら、『セブン』はとにかく劇中に子どもが現れません。ウルトラシリーズは総じて、ホシノ少年や次郎くん、梅津ダンやトオルくんなどの子どものレギュラーキャラクターが存在することが多く、そうでなくとも少年少女が奇怪な事件のきっかけとなってストーリーが展開する、怪獣や宇宙人との遭遇を通じて騒動が生まれる、といった具合にお話の中心になることが少なくありません。一方で『セブン』はというと、まず恒常的に登場する同一の子役、子どもはいません。1話1話を刻んで観察しても、物語のキーパーソンとなる人物は大人であり、ウルトラ警備隊隊員の学生時代の友人や恩師・極東基地以外の防衛軍の隊員・科学者などが挙げられます。
 勿論、子どもが宇宙人の魔の手にかかったり物語の重要な役目を果たす回もありますが、それでも他のシリーズと比較すると決して多いとは言えません。これでは視聴者の子ども達は感情移入できませんし、身近さも感じることは難しいでしょう。先にお書きしたような高年齢層を意識したSF作品からすれば、子どもに親近感や共感を覚えさせようというのはさして優先事項ではなかったかもしれませんが、前作の『ウルトラマン』やその他巨大ヒーローモノのイメージを踏まえて視聴した子ども達は、少々退屈に感じたことでしょう。逆に、成長した大人達はそうしたキャスティングの中で形成される重厚なドラマに惹かれていきました。

3. 何時でも何処でも通じる「無国籍感」

 2つ目は、作中に日本らしさ・時代感を感じさせる要素が少なく、現実世界とは違う、何処の国とも何時の時代とも似ても似つかない雰囲気を持っていることです。僕はこれを「無国籍感」と呼称していますが、具体的にはどういう事でしょうか。

 テレビで放送されるウルトラシリーズは、30分という枠の中でウルトラマンと怪獣・宇宙人が戦う特撮パートと、防衛隊や悪役や一般人との対話・対立が展開されるドラマパートに分かれます。『セブン』もその例には漏れませんが、特撮パートを見ると、全49話の内でセブンと宇宙人が戦っている場所に「街中」「都会」はほとんどありません。多くは岩山・湖畔・草原・荒野・空中・宇宙空間・極め付けは人の体内まで、人工造営物が建てられていない、もしくはそれらが目立たない場所でしか戦っておらず、(予算の都合もあったと思いますが)極力時代背景や文化的様相を判断できない、特定しづらいようになっています。円谷プロの精緻で素晴らしい特撮技術と昨今のデジタルリマスター等による高画質化も相まって、同じ1967年頃の世相(文化大革命・四代公害病・佐藤栄作内閣など)を映した映像と比べると、良い意味で1967-68年に作られた映像とは到底思えない画がそこにはあります。

 ドラマパートも同じ傾向が見られますが、特撮パートほどではありません。2話ではLSE小田急ロマンスカーが、5話では空港と警備隊基地を直結する地下鉄と称して当時開通したばかりの東京モノレールが、29話では現在は取り壊された学習院大学目白キャンパスの”ピラミッド校舎”が登場するなど、当時を生きていた方なら懐古的心情に浸れるような昭和日本の風景を劇中で垣間見ることができます。
 ただ、商店街や住宅街のような一般人のリアルな生活圏を映した場面は少なく、特撮パートと相まって、特撮作品に限らず何時のドラマにも感じさせられる「〇〇の頃の日本だなぁ...」といった郷愁・年代感が『セブン』からはあまり漏れてきません。

 ここで大切な事は、この「無国籍感」は、前作の『ウルトラマン』と併せて制作側が意図的に出した作風であるということです。『ウルトラマン』『ウルトラセブン』を含めた空想特撮シリーズは、最初から海外への輸出を視野に入れた上での制作を行なっていました。1954年の映画『ゴジラ』で世界的な成功を収めて以降、波に乗って「日本の特撮」をどんどん海外へ売り出していこうとしたのです。『ウルトラマン』では劇中に登場する文書に英文が添えられていたり、ハンカチの記名を海外版用にローマ字バージョンを別撮りしたりと、随所に配慮が見られます。『セブン』もそのような構想の下で撮影された作品だったのです。

 ちなみに、その趣旨から乖離した作品を『セブン』で表現したのが、あの実相寺昭雄監督でした。実相寺氏は8話「狙われた街」・12話「遊星より愛をこめて」・43話「第四惑星の悪夢」・45話「円盤が来た」の4つを『セブン』で監督しました。「狙われた街」では、当時の小田急 向ヶ丘遊園駅で撮影した自販機でのタバコ購入シーンやダンとアンヌの会話する駅前喫茶店、寂れた住宅街から聴こえる野球中継のラジオ音声、下町情緒溢れる街をバックに落日の決戦と、さながら「三丁目の夕日」ばりの1960年代の日本が描かれ、あの有名なメトロン星人とダンによる「ちゃぶ台シーン」も登場します。主人公と宇宙人が古アパートの一室で地球への策略について論議する・・・。このあまりにシュールな光景に撮影現場は爆笑の渦に包まれたそうですが、後に監督はTBSのプロデューサーから大目玉を喰らいました。先にお書きした通り、「和風」「生活感」といった要素をなるたけ排除したい姿勢が見て取れるエピソードです。「円盤が来た」でも多摩川沿いの土手、旧式の給水塔、町の鉄工場など、同じように時代背景や日本を存分に感じられます。

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4.「不朽の名作」として

 話が逸れて実相寺監督の話題になりましたが、私が挙げた「子どもが登場しない」「無国籍感」とは趣の違う作品が実相寺氏の下で生まれましたが、「狙われた街」「円盤が来た」あるいは「第四惑星の悪夢」が『セブン』の中の最高傑作と評されるケースは多いですし、そうした論調に異論は全くありません。僕自身も熱烈な"実相寺ファン"です。『セブン』が初放映から50年以上経っても多くの人に視聴され、評価され、考察され、円谷プロの代表番組となっているのは、重厚なSF特撮というテーマが根底にありながら、子どもにも支持されて、実相寺作品にも見られるような日本人の情を刺激する情景描写がスパイスのように散りばめられているからなのです。そのバランスが実に絶妙で、『セブン』を唯一無二の不朽の名作へと形作っていったのです。雰囲気から何から何までただ大人向けに作っていったら、ここまで語り継がれる作品にはならなかったかもしれません。

 子どもが『セブン』の本編を視聴した時、何を感じながら見るでしょうか。26話「超兵器R1号」や42話「ノンマルトの使者」に代表されるような、仕込まれた難解な哲学的テーマを洞察する大人びた子どももいるかもしれませんが、ほとんどはセブンと宇宙人とのバトルを楽しみに視聴します。ドラマパートで人間世界で暗躍する宇宙人に恐怖のどん底に落とされ、セブンというヒーローが現れ、警備隊と共にパワーや技巧を駆使して人類の脅威に立ち向かう・・・。そんなヒーローモノの王道がそこにはあるのです。空を飛び、力技や光線や飛び道具で戦うセブンと、成田氏と池谷氏のデザインした印象的な宇宙人・怪獣たち。画面の中に躍る"異形のもの"に子ども達は空想を膨らませ、好奇心の萌芽が生まれるのです。

 高年齢層の意識したSFドラマというテーマでダークで落ち着いたオトナな雰囲気を基調としつつ、ヒーロー番組としてのゴールデンパターン・昭和年代の香りを装飾する。ここが他のシリーズとは違う『セブン』の特質なのです。この特質が、子どもの頃に『セブン』を見て、大人になって新たに気づく魅力に惹かれ、こうして子どもと大人両方の目線を知って親になった大人は、また自分の子どもに『セブン』を見せる・・・という鉄の循環を創っているのです。テレビから雑誌・個人ブログ・日常会話に至るまでファンを熱くさせる、いつまでも色褪せないウルトラセブンが、これからも語り継がれていくことを切に願っています。


【写真】
1枚目=TeNQ×ウルトラセブン企画展「ウルトラアイから見た宇宙」より
(2017年2月2日)

2枚目=横浜高島屋「ウルトラセブン 放送開始50年記念 ~モロボシ・ダンの名をかりて~」より
(2017年8月27日)

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