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人生はスパルタンXとは違った

スパルタンXというファミコンのゲームがある。

そう。

任天堂・ファミリーコンピュータだ。
京都の花札会社が、
世界的なエンターテイメント企業になる、
伝説のはじまりだ。

僕はそのころ、
愛知県の西のほうにある半島の付け根あたりに住んでいた。
その町はとても小かった。
ペコロスという、
玉葱をスモールライトで完全に小さくするのに途中で失敗したような、
ピンポン球ぐらいの大きさの玉葱が名産品で、
聞けば全国シェアのかなりの部分を、
この小さな町が占めているのだそうだ。

学校帰りには、畑から転げ落ちたそのペコロスを、
蹴りながら歩いた。
なんでもフランス料理とかで使われる高級食材なのだそうだが、
団地に住む僕の食卓には一度も上がったこともないし、
スーパーでも見たことがない。

「ガーナの子どもたちはチョコレートを見たことがない」
とかいう話を良く聞くが、
僕は当時、ペコロスが名産である町で、
出来損ないのペコロスを蹴りながら歩いていたというのに、
ペコロス料理を食べたことがなかった。

石油企業の技術者だった父親はいつも忙しかった。
いかにも昭和のモーレツサラリーマンといった感じで、
僕たちが寝たあとに家に帰り、
僕が起きる前に仕事に出かけていった。
そんな父親は、時々出張に行った。
それは東京だったり、海外だったりした。

父親が東京からファミコンを買ってきてくれた日のことを、
僕は今でも覚えている。
一緒にひよこまんじゅうも買ってきていたのだが、
普段なら喜ぶそちらには目もくれず、
あの白とくすんだ赤のツートンカラーの筐体を、
僕は崇めるように見つめた。

父親は、
スパルタンXというソフトと、
F-1レースというソフトと、
おそらく自分のために「麻雀」というソフトを買ってきた。
その後、父親が「麻雀」をやるのを見たことはなかったが。

今思い出せば、
80年代、あの頃は、
毎年給料が上がり、
株価はどんどん上がり、
土地の値段も上がり、
銀行の預金につく金利が
今ならば高リスクの先物取引みたいな利率で、
日本中がハイな状態だったのだろう。

国民が躁状態だったのだ。
90年代にその躁状態が弾け、
鬱状態になってこの国はもう20年が経つ。

ハイな大人たちのことなんて、
僕は全くつゆ知らず、
ペコロスを蹴りながら毎日家に帰った。

あの頃のスパルタンXのことを、
僕は今も時々思い出す。
兄弟とコントローラーを取り合ったあの日のことを。
ポテチで脂ぎった手で、
ぬるぬるになったコントローラーを、
離してなるものかと思ったあの日のことを。

スパルタンXは、
五重の塔を上って行く単純なゲームだ。
さらわれた女性を助けるために、
おそらくブルース・リーを意識したとおぼしき、
カンフー使いの主人公が、
塔を上って行く。

塔の各階には、「中ボス」がる。
そして五重の塔の最上階には、
スパルタンXという大ボスがいる。

階を上がるごとに敵は強くなり、
難易度は上がっていく。
いろんなギミックも搭乗する。
上からヘビの入った壺が落ちてきたときは驚いた。

そうか、人生は、だんだん難しくなっていくんだ、

と僕は思った。
スパルタンXの主人公は、
強くはならなかった。
アチョアチョアチョー!っていうキックと、
ホッホホホホッホ!というパンチ。
それにしゃがんだりジャンプしたりを組み合わせる。
大ボスのスパルタンXにも、
その「初期設定」で挑まねばならない。

ペコロスを蹴りながら、
畑に蒔く牛糞の香りを嗅ぎながら、
うだる暑さの帰り道、
僕は脳内で何度も壺のヘビの攻略法をシュミレーションした。

小学校高学年になると、
岡山県のとある町に引っ越した。
社宅から、社宅へ。
日本のあちらから、こちらへ。
西へ、東へ。

昭和サラリーマンの父は、
会社に言われるまま、
どこへでも行った。
そうやって僕たちを養ってくれた。
愛知県で買った中古の日産サニーは薄茶色で、
岡山に行ってもしばらく、名古屋ナンバーのままだった。

岡山にペコロスはなかった。
でもそこはペコロスの町と同じく、
恐ろしく田舎で、
裏山の土は赤茶けており、
戦争の時の塹壕のあとなのだろうな、
というような大きな穴が空いていて、
僕は良くそこで遊んだ。

風光明媚な町として知られているが、
僕の生活に風光明媚な要素などなにもなかった。
小学校高学年や中学校になると、
両親がだんだん疎ましくなった。
生きることもだんだん疎ましくなり、
世の中全体にいつも腹を立てていた。

それが思春期というものであり、
進化心理学的に必要なプロセスであり、
ホルモンの変化によるものなのだということは、
だれも教えてくれなかった。
教えてくれたのかもしれないけれど、
僕の耳には届いていなかった。

『ドラゴンクエスト4』を買ったのは、
そんな思春期の岡山のとある駅ビルにある、
小さなおもちゃ屋だった。
寒い冬、朝の5時に店に到着し、
整理番号の書いた紙を手渡され、
そのソフトを手にした瞬間は、
世界を征服したようなうれしさがあった。

僕はそのソフトに夢中になった。

そのソフトは『スパルタンX』とは違っていた。
主人公は初期設定で挑み続ける必要はなく、
レベルが上がっていった。
武器は強くなり、
魔法を覚え、
体力が増進していった。
それだけでなく、仲間も加えられていった。
腕っ節が強い仲間。
魔法攻撃が得意な仲間。
回復魔法が得意な仲間。
トリッキーな能力を持つ仲間。

そうやって仲間と馬車に乗り、
ラスボスを倒す。

そういう筋書きのゲームを、
僕はその後のスーパーファミコンでも、
数多くプレイした。
もう弟とコントローラーを奪い合うこともなくなっていった。
中学生になると、
勉強もそこそこ忙しくなる。
部活もある。
家にいる少ない時間は、
家族と話す共通の話題もないので、
ゲームをしていた。
学校ではゲームの話をしていた。

そうやって、
僕は任天堂とともに育った。
今の子どもがスマホとともに育つようん、
僕の世代の多くの男の子は、
任天堂と少年ジャンプとともに育ち、
任天堂と少年ジャンプが、
世界について教えてくれた

人生はだんだん難しくなっていく。
敵はだんだん強くなっていく。

でも、自分だって強くなるし、
いろんな能力を身につける。
そして仲間だって加わるし、
その仲間も強くなる。
努力、友情、勝利。
これらは僕たちを裏切らない。

、、、はずだった。

40歳を過ぎ、
家族を持ち、
東京に住む僕は、
当時のことを振り返りながら思う。

世の中は、
聞いていたのとは違う、
と。

前半は合っていた。
敵はどんどん強くなる。
ステージが上がるほど、
人生というゲームはハードになっていく。

でも、後半は違っていた。

僕はだんだん強くならず、
いろんな能力を身につけられない。
仲間は加わるが、
減ることもある。
努力は裏切るし、
友情だって相対的なものかもしれない。
長く生きていると、そうやって心を守るようになる。

勝利?
勝利って何だ?

勝利って、
いったい何に勝つというのだろう?
勝利するということは、
誰かを敗者にするということ。
それは結局、全員が負けたのと同じじゃないか。

いろんな場所に頭をぶつけ、
つまずき、挫折し、
失望し、社会に平手で殴られ、
僕はやっと分かってきた。

人生はスパルタンXのようでもなければ、
ドラゴンクエスト4のようでもないと。

ロストジェネレーションと呼ばれる僕たちの世代は特に、
スーパーハードモードの人生を、
武器も持たずに生き抜くことを要求されている。
「これが武器だよ」と大人が持たせてくれたものも、
もはやあまり使い道がないことに、
しばらくして気づく。

大学時代の同級生は、
40人いたが、
僕が知る限り2人が自死した。
僕が知らないだけで、
本当はもっといるのかもしれない。
僕は「自分なんかが同窓会に行っても、
きっとみんながどう声かけて良いか分からないだろうな」
と思うから、行かないことにしている。
だから知らない。

でも、時々思う。
みんな、どうしてるかな、と。

会社に勤めてるやつ、
役所を選んだやつ、
自営業をしてるやつ、
研究者を目指したやつ、
愛知で遊んだあいつらも、
岡山で一緒に5時におもちゃ屋に並んだあいつも、
きっとスーパーハードモードであることは、
みんなそうなんだろう。

僕だけがパラレルワールドに迷い込んだのでなければ、きっとそうだ。

僕らはこれからも彼らと出会わないのかもしれない。
ドラクエ4のようなわけにはいかないのかもしれない。
むしろ『バトルロワイヤル』に近いのかもしれない。

でも、時々思う。

僕は生きてるぞ、と。
もしピンチになったら、
「何の役に立たないか分からない魔法」も、
一応仕えるぞ、と。
ラスボスに立ち向かうなら、
呼んでくれたら駆けつけるぞ、と。

部隊が解散し、
孤独なゲリラ戦を戦う日本兵のように、
僕はそうやって時々、
「一緒にファミコンをやった同級生たち」のことを思い出す。

「人生はスパルタンXとは違ったし、
僕は塔を上らなかったし、
最後に姫を救わなかったけれど、
でも、生きてるぞ」
心の中でそうやって呼びかけている。
狼煙を炊くようにして、
心の中で呼びかけている。

そして思う。

この時代、
生きてるって、
それだけで、
偉大な達成だぞ、
と。

だから胸張ろうぜ、と。

きっと届かないけれど、
心の中で言っている。
もしかしたらテレパシーのように、
届くかもしれないと思いながら。

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