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く 「靴磨き」


靴磨きが好きだ。好きなのだけど、近年はとってもサボっている。子どもが生まれる前は、けっこう頻繁に靴を磨いていた。靴を磨くという目的のために靴を磨いたりもしていた。20代までの僕は革靴に縁がなかった。畜産業まわりの獣医師という職業が履くのは長靴と決まっていて、人生で長靴は履き倒してきた。けれど、人生で革靴を履くということがほとんどなく、冠婚葬祭や就職活動や市役所の本庁でのセミナーのときぐらいしか履かないので、「東京靴流通センター」みたいなところで適当に買った2000円ぐらいの「革靴」で十分だった。見た目が革靴に見えさえすれば良いという。

13年前、妻にプロポーズをした。あまりお金はなかったけれどダイヤが入った婚約指輪を贈った。キリスト教徒以外には馴染みがないかもしれないけど、「婚約式」というのを教会でやる人もいて、我々もやろうということになった。僕の母が東京の妻の両親に会う機会にもなるし。そこで『贈り物の交換』みたいなのがあって、僕は妻に改めて婚約指輪を、そして妻も僕に何かプレゼントを渡すことになるのだが、「何がいい?」と僕は妻に聞かれた。というより、妻が「革靴が良い」と言ってくれた。毎日ではないにせよ、教会で人前でお話しをする僕は、もっとちゃんとしたものを着るべきだと妻は前から思っていたそうなのだ。

かくして僕と妻はある日のデートで、スーツと革靴を買いに行くことになった。スーツもショッピングモールで買った適当なやつをずっと着ていたので、スーツカンパニーという(廉価だがちゃんとした)お店でスーツを買い、REGALのショップに行って革靴を買った日はドキドキした。たしか3万円の革靴をそのときに買い、紐を通して履いたときの感動を今も覚えている。靴磨きの本を買って勉強し、その靴を何度も磨いた。履く度に磨いた。今もその靴は現役なのだが、買ったときよりもピカピカに光っている。

靴を磨いているとき僕は「無心」になれる。よだれが垂れても気付かないぐらい無心になれる。何も考えないで靴を磨くその瞬間は至福だ。しかも目の前の靴がきれいになっていく様が素晴らしい。紐を抜く。まずワックスを落とす液で「化粧落とし」みたいなことをする。馬毛のブラシで磨く。使い捨てのストッキングかTシャツの切れ端でひたすら磨く。磨く。磨く。つやがでてくる。クリームをつけて磨く。皮が保湿されて生き返る。最後にポリッシャーとワックスで仕上げる。細かい傷のところはダークグレーのワックスとかでごまかしていく。靴が「復活」するこの瞬間を僕は愛している。


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