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睡眠至上主義

ねえ、店長さん。わたしたちはこの世を見るために、
聞くために生まれてきた。
だとすれば、何かになれなくてもわたしたちは、
わたしたちには、生きる意味が、あるのよ。
            ―――『あん』ドリアン助川



▼▼▼いっぱい寝る▼▼▼


僕はいっぱい寝る。
毎日最低8時間は寝る。
9時間のこともあるが、
10時間のこともある。
でも、1か月のうち28日ぐらいは8時間ちょうど寝ている。
これを下回ると翌日のパフォーマンスが下がる。
あと、自宅で仕事する日は昼寝もする。
昼に1時間休憩を取るのだが、
最近は昼食を抜いているから、
そのうち50分ぐらいは横になってアイマスクして、
ラジオを聞いている。
気付いたら寝ていて、20~30分ぐらい仮眠している。
日本で「シエスタ」をとれるのは、
とても贅沢なことだと思っている。
フリーランスの役得だ。
夜に8時間。昼に0.5時間。
つまり、僕にとって必要にして十分な睡眠、
というのは8.5~9時間あたりにあり、
必要最低限の睡眠は8時間ちょうどなのだ。

日本人の平均睡眠時間って、
7時間ちょいらしいので、
僕はロングスリーパーなのだと思う。
エイレン・アーロンさんは、
HSPにはロングスリーパーが多いと言っていて、
僕は自己診断テストでほぼ満点という典型的なHSPなので、
「なるほどね」と思った。
アーロンさん曰く、
HSPの人ってディープ・プロセッシングという、
「人よりも深く考える」という傾向がある。
すると、単位時間当たりの脳にかかる負荷が大きい。
ゆえに、普通の人よりも多く休まねばならず、
それが人よりも長い睡眠時間となる。

バスケのスーパースター、レブロン・ジェームズとか、
野球のスーパースター、大谷翔平が、
11時間とか12時間寝るのは何なのかというと、
あれは「小脳」と「前頭葉」がめちゃくちゃ疲れていて、
回復に時間がかかっているのではないかと類推する。
レブロンのプレイを観ると、
彼の「バスケIQ」がずば抜けているのが分かる。
とんでもない判断を、12分×4クオーターの間に、
100とか200とか、細かいものも入れれば1000とかしている。
その判断というのはこれまでの経験、
自分のスキルセットとフィジカル能力、
相手のプレイヤーと味方のプレイヤーのそれらというデータ。
ベンチを合わせると20人ぐらいのプレイヤーのデータ、
相手のコーチの脳内はどうなっているか、
今この局面ではこの2点がどれぐらい重要か、
などなど、超複雑系の中ではじき出される「最適解」だ。
1本のパス、1つのドライブイン、1本のシュートフェイク、
1つのピックアンドロールに、
おそらくはとんでもない情報量が含まれている。
変数が10個ぐらいある連立方程式を解いて、
毎秒プレイしているのだ。
そりゃ、脳が腫れるほど疲れるわな。
だから12時間寝て明日の試合に備えるわけだ。
大谷選手も多分同じだ。
だからマットレスを遠征先に持って行くのだ。

人間に与えられている時間は1日24時間、平等だ。
それなのに、寝る時間はそれぞれ違う。
スーパーアスリートは「特異点」だとしても、
凡人ではあれど僕のように最低8時間は寝ないとダメ、
って人もいれば、5時間や6時間でもピンピンしてる人もいる。
そうすると2時間とか3時間、活動可能な時間が少ない人間は、
人生が不利になる。
ましてスーパーアスリートと違い凡人なのだ。
人生が不利になる。

じっさい不利だと思う。
加えて僕は体力がありませんから、
ショートスリーパーかつ体力がある人が、
1日にできる活動量が10だとすると、
ロングスリーパーかつ体力がない僕は、
1日にできる活動量は4とか5ぐらいになるだろう。

人生は平等ではない。
それを受け入れてしまえば、
それはそれですがすがしいものだ。

ひまわりと杉の寿命が同じであるわけはないし、
ネズミとゾウの力が同じであるわけではない。
イルカと人間は同じ速さで泳げないし、
ゾウガメは空高く飛ぶツバメにはなれない。
自然界は多様性に支えられている。
人間もまた多様で、それが良いじゃないか。

不平等を受け入れて、
そのうえで自分の生きる道を見つけていけば良い。


▼▼▼スマホとロングスリーパー▼▼▼


僕はそんなわけで人より与えられた時間が少ないので、
スマホを持たないことにしている。
スマホをいじっているほどヒマではない。
スマホをいじっているほど人生は長くないのだ。
特に僕のようなロングスリーパーの場合、
スマホをいじってたらそれだけで人生が終わる。
メルマガも書けないし本も読めないし映画も見られないし、
子どもの成長を見守る時間もなくなる。

最悪だ。

どこで誰が何を食べたか。
(正確には「どこで誰が何を食べたと思われたいか」)
誰が誰と何をして楽しんだか。
(正確には「誰が誰と何をして楽しんだと思われたいか」)
そんなことに僕は心底興味がなく、
そんなもに「いいね」してる時間があれば0.1秒でも、
子どもの笑顔をスクリーンを通さずに網膜に焼き付けたい。

日本人のスマホの平均使用時間は所説あるが、
だいたい2~4時間という統計が多い。
中間をとって3時間とすると、
僕はスマホを持たないことで毎日3時間得している。
その3時間のうち2時間を睡眠に、
あと1時間を読書や執筆に充てている。

僕はロングスリーパーなのだ。

もともとロングスリーパーの気質はあったが、
20代や30代前半のころは、
虚弱体質とはいえ、若さによる体力があるし、
なんか心のどっかで「寝てない自慢かっこいい」
「24時間働けますか」みたいなクソ規範を内面化していたので、
一日の睡眠時間は7時間前後だった。
今から考えるとそれは足りておらず、
じっさい能力は落ちていた気がする。
20代のころの僕は無批判に、
クソ規範を受け入れていたのだ。
クソ規範を内面化すると睡眠不足で能力が落ち、
その結果、さらにクソ規範を批判することができず、
という地獄ループなのだ。

知らんけど。

そんで、やせ我慢で7時間睡眠でやってたのだけど、
30代中盤で鬱病を患ってからというものの、
完全にロングスリーパーになった。
というより「睡眠至上主義者」になった。
睡眠より大切なことなどない、と思うようになった。
死んだらおしまいなのだ。
僕の脳はいっぱい寝ないと壊れる、
繊細でデリケートな脳なのだ。
いっぱい寝ることは贅沢ではない。
一型糖尿病患者にインシュリン注射が贅沢でないし、
足の不自由な人にとって車椅子が贅沢でないのと同じだ。
いっぱい寝ないと僕の人生は持続不能になるのだ。
それだけの話だ。


▼▼▼睡眠至上党▼▼▼


というわけで僕はたくさん寝る。
「寝る時間がもったいない」とは、
不思議と思わなくなった。
「もったいない」と思うことは敗北だ、
と僕は考えている。
「コスパ・タイパ思考」というのは、
思考の敗北だと僕は考えている。

「得する買い物をする」ことではなく、
「すでにした買い物を正解にする」ことが知性だ。
「得する時間の使い方をする」ではなく、
与えられた時間を最大に味わう、が知性だ。

だからコスパ・タイパ思考は知性の敗北なのだ。
僕はそう考える。
『映画を早送りで見る人たち』という本を読んで、
そのことが分かった。

じゃあ、なぜ寝る時間はもったいなくないか。

単純に僕ならこう言おう。
「寝る」って、幸せなことじゃないですか?
僕は寝ることが好きなのだ。
美味しい食べものを食べると幸せになる。
良い映画を鑑賞することは喜びだ。
仕事でゾーンに入った時、忘我の喜びがある。
それと同じで、
良い睡眠をとれると、幸せじゃないですか?
あんまり言う人がいないけど。

なんか、たとえば雑誌「Tarzan」の
「睡眠特集」みたいな号の記事って、
前提として睡眠は「何か他の●●のため」
っていう考え方があるように思うのですよね。

本当は寝たくないんだけど、
パフォーマンスアップのために必要だから、
仕方なく寝る。
運動のパフォーマンスアップ、
仕事のパフォーマンスアップ、
勉強のパフォーマンスアップのために、
睡眠が必要だ。
だから寝る。

そういう発想から出てくるのだと思うが、
「5時間の質の高い睡眠は、
 8時間の質の悪い睡眠に匹敵する」
だから、この枕(アイマスク、マットレス)を使えば、
5時間睡眠で十分ですよ!!!
みたいな似非科学に基づく詐欺商品が出回る。
ちなみに山里亮太さんは、
かつて7万円のその手のアイマスクをポチったそうだ。
商品は届かず、詐欺だったが。
山ちゃんは「いや、騙されてないよ。
生産に9年かかってるだけ」
と、詐欺に遭ったことを認めていない笑。

睡眠の質は時間を代償しない、
っていうのは睡眠研究で実証されてて、
絶対的に「時間」が大切なのだ。
今まで「浅い眠り」として非効率と誤解されていたが、
最近の研究でレム睡眠にしかできない心や記憶の微調整があることが分かった。
ノンレム睡眠が深い眠り、レム睡眠が浅い眠り。
睡眠は深さ×時間の面積、ってのはウソなので気をつけましょう。
レム睡眠は心の中に記憶を定着させたり、
「自己治癒」にも関係しているらしい。
めちゃくちゃ大事なのだ。
だから最初の5時間が「深い」ノンレム睡眠、
後の3時間が「浅い」レム睡眠だったとしても、
後半の3時間を「省略」してはいけないのだ。

それはそれとして。
でもさ、Tarzanの記事の話に戻るとさ、
「8時間の睡眠を5時間に圧縮する」みたいな発想って、
なんか、電気自動車の「充電時間」みたいに思ってる感じがするんだよね。
そりゃ、電気自動車なら、満タン充電6時間の自動車よりも、
満タン充電2時間の自動車の方が優秀でしょうよ。
それにはまったく異論はない。

しかし、僕らは自動車ではなく、人間なのだ。

そして、僕らが人間であるということのなかに、
「眠る」ということは含まれると思うのだ。
かつてピューリタンは「効率的・能率的」を求めるあまり、
子どもをもうける以外の目的の夫婦のセックスも、
美味しい料理を時間をかけて食べることも不道徳と考えた。
有名な「ピューリタン的禁欲主義」だ。
イギリスの料理が美味しくないのはそれが原因だという人もいる。
「食事というのは基本的に自動車の給油と変わらない。
 楽しむなんて堕落だ」という発想だ。

ほら。

睡眠の議論と似てるでしょ。
禁欲的ピューリタンにとっては、
「睡眠時間圧縮枕」は夢の商品だろう。
睡眠は「必要悪」なのだから。

でも、僕はそういう部分、カトリック的なのだと思う。
料理は美味いほうが良い。
人生は楽しいほうが良い。
太陽を楽しもう。踊りを楽しもう。
「何かのため」じゃなくても、
僕たちは人生を味わう権利があるし、そうすべきだ。
そうしないと、神が作ってくれたこの世界が「もったいない」。
僕はそう思うのだ。

仕事を楽しむ。
映画を楽しむ。
人生を楽しむ。
食事を楽しむ。

そして、睡眠を楽しむのだ。
睡眠。最高じゃないか。
気持ちいいじゃないか。
二度寝、幸福じゃないか。
なぜこれを「必要悪」だと考えるのだ。

睡眠の喜びを我々の手に取り戻そうじゃありませんか!

国民の皆さん!

睡眠を我々の手に!

レム睡眠の喜びを国民の手に!

睡眠回復党に、みなさまの一票を!

国会にシエスタを!

永田町に8時間睡眠を!!!

有り難うございます!

路上の皆様!ありがとうございます!

、、、

、、、

、、、

アジテーション演説みたいになってきたので、
このへんで終わります。
でも、睡眠って、幸せじゃないですか?
「子育てにおける絵本」の議論じゃないけど、
「何かのために●●する」と考えると、
そのこと自体の価値をおとしめることになると思うんですよね。

そう思いません?

おわり。

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参考文献および資料
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・『ひといちばい敏感な子』エイレン・アーロン
・『映画を早送りで見る人たち』稲田豊史
・『睡眠こそ最強の解決策である』マシュー・ウォーカー
・『あん』ドリアン助川



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