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ミネルヴァ映画会 2024年6月28日金曜日 解説①




『94歳のゲイ』

監督:吉川元基
主演:長谷忠
公開年・国:2024年(日本)
リンク:https://94sai.jp/

▼140文字ブリーフィング:

現在95歳になる長谷忠さんは、
若い頃から自分がゲイ(同性愛者)であるという自認はありましたが、
「ゲイ=変態性欲/異常性欲/疾病」という偏見がある昭和の時代、
カミングアウトなどできるはずもなく、
生涯誰とも恋愛せず、もちろんセックスなど一度もせず、
老境となった今、大阪の西成でひっそりと暮らしています。

現代の世界でも偏見は残るものの、
「変態/異常」ではないし疾病でもない、
という知識が徐々に広がり、
性的マイノリティは随分カミングアウトしやすくなりました。
(それでも日本で職場でカミングアウトしているのは1割以下です。
 ということは見えづらい差別/偏見がまだあるということを示唆しています)

長谷さんは今の世の中を眺めて、
「良い世の中になったなぁ」と目を細めます。
もし現代に若者として生まれていたら、
僕も恋愛、してみたかったなぁ、と。

長谷さんの時代には勤め先で、
「なんでお前は結婚しないんだ。
 できないなら俺が紹介するぞ」などの慣行があったため、
いつも「付き合っている女性がいます」といってごまかしたそうです。
自らのセクシュアリティについて隠さなければ生きていけないので、
プライベートに立ち入る会話は誰ともできず、
それゆえ職を転々とすることにもなります。

長谷さんが救済を得ていたものが「文学」でした。
ペンネームで書いた小説は雑誌で新人賞を受賞しますが、
小説の内容には同性愛の要素があるので、
受賞を誰にも公言してきませんでした。

本作はドキュメンタリー映画で、
『薔薇族』という伝説のゲイ雑誌の編集長・伊藤文学さんが出演しています。
伊藤文学さんも相当な高齢ですが、
彼はストレートで、奥さんも子どももいます。
『薔薇族』の第一号で、
「同性愛は異常/変態性欲と世間では言われているが、
 異常でも変態でも病気でもない」という、
現在では誰もが当然知っている医学的事実を宣言します。

ひらたく言えば『薔薇族』はゲイのポルノ雑誌なのですが、
異性愛者のポルノ雑誌ではまったく問題ない表現でも、
『薔薇族』はなぜか表現の規制に何度もひっかかります。
「異性愛者のポルノではこの表現が許されているのに、
 私たちの雑誌はこんなことまで言われるのはフェアではない」
と何度も警察と侃々諤々のやりとりをしながら、
全国の顔の見えぬゲイの方々のために闘います。
あまりにも警察に呼びつけられるので、
文学さんは警視庁と自宅の区間の定期券を買っていたそうです。

こういうところにも「偏見」が表れていた時代に、
文学さんはゲイの方々のために闘ったのです。
「いや、自分はストレートだし、
 闘うことで自分には何の得もないよ。
 でも、ゆるせなかったんだよね。
 ゲイの方々が平気で差別されているのが。
 苦しんでいる少数者を助けない、
 というのは僕の中ではあり得ない話だった」
と語る伊藤文学さんは、
同じくストレートアライの私にはヒーローの背中と映りました。

こういう格好いい人が、
私が無知ゆえに恥ずかしくも、
「ホモオ田ホモ男」を平気で消費していた時代にも、
昔からいたんだな、と。

現在50代以上のゲイの方は、
ほぼ全員が『薔薇族』と伊藤さんに恩義を感じています。

なぜか。

それはポルノを消費させてくれたからではありません。

『薔薇族』が買われた最大の理由は、
読者の投稿欄でした。
インターネットがなかった当時、
「自分以外にも日本のどこかに、
 自分と同じセクシュアリティで悩む誰かがいる」
という事実は彼らにとって「救済」だったのです。

性的マイノリティの自殺率は、
シス/ヘテロ(ストレート)の6倍だと言います。
伊藤さんが何人を自殺から救ったか、
統計的に算出するのは不可能ですが、
少なくはないはずです。
長谷さんは「良い時代になったなぁ」と目を細めますが、
不可視化された差別は令和の今も厳然と残っています。
私は当事者の方々と連帯し、それと闘っていきます。
伊藤さんからバトンを受け取ったような気持ちになりました。
(1,521文字)



『ゴジラ-1.0』

監督:山崎貴
主演:神木隆之介、浜辺美波
公開年・国:2023年(日本)
リンク:https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0CVTXNJV3/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

けっこう多くの人が凄い熱量で、
『ゴジラ-1.0』良かった!
というので、ちゃんと自分の目で見なければ、
と思い、映画館で鑑賞しました。
『トップガン・マーヴェリック』とかと同じで、
これをちゃんと評価するには、
タブレットや自宅のモニターでは駄目だろうと思うから、
新宿の映画館に行きました。

結果、どうだったか。

これは申し上げにくいのですが笑、
正直、私は『シン・ゴジラ』のほうが好きでしたね。

おそらく私のような人間は少数派でしょうが、
「恥じらいもなく人情に訴えかけるエンタメ作品」が、
あまり得意ではないのかもしれない。
あと、「全部を台詞で言っちゃう」というところが、
無粋に感じてしまうのもある。

ただ、コンピュータグラフィックは見事でした。
というか、めちゃくちゃ凄いです。
映画と言うよりユニバーサルスタジオとかの「ライドもの」
と思ったほうが良いのかもしれない。
映画を鑑賞するというよりも、
アトラクションを体験する、という感じ。

山崎貴監督もそれを目指したのだと思います。
人が死ぬシーンを巧妙に避け、
子どもからお年寄りまで安心して見られるバランスを狙う。

全部を台詞で言うのも、
「子どもも見るから」というのがあるかもしれない。
そういう意味では「誰も置き去りにしない親切設計」なのですが、
私は「観客を奈落に突き落とす」ような、
解釈を拒むタイプの映画が好きなドM鑑賞者なので笑、
こういう映画は「ぬるい」ってなっちゃうんですよね。

「それはマクドナルドに繊細な味を求めるのと同じだ」
と言われたら、本当にその通り!としか言えないのですが。
この映画が日本でもアメリカでも絶賛されたことは、
「そりゃそうだろうな」と思います。
マクドナルドも日本とアメリカを席巻していますから。
(皮肉とかじゃないよ)
(703文字)



『トーク・トゥ・ミー』

監督:ダニー・フィリッポウ/マイケル・フィリッポウ
主演:ソフィー・ワイルド/アレクサンドラ・ジェンセン/ジョー・バード
公開年・国:2023年(アメリカ)
リンク:https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0CVSBN7JS/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

去年、低予算で大ヒットしたホラー映画として、
アメリカで話題になった作品です。

この映画、めちゃくちゃ怖いです。

アメリカのホラーなんだけど、
ちょっと「Jホラー」の感じがあるんですよね。
確かライムスター宇多丸さんが解説で、
監督は相当日本のホラーに影響を受けた人と言っていたような。

「向こう側」と「こちら側」
「あの世」と「この世」
「死者の世界」と「生者の世界」
この二つの世界ををつなぐ「媒介」として、
「石膏で固めた呪いの手」が出てきます。

その手がどこから来たのかは分かりませんが、
その手は「握手をしたがっている」ような形をしている。
その手と握手した人は「死者の世界」とつながり、
死者の霊が降りてくる。
「こっくりさん」的なところと、
恐山のイタコ的なところがある。

90秒を超えると「マジでヤバい」ので、
ギリギリ80秒ぐらいでチャレンジする。
その様子をスマホで撮ってシェアする、
「90秒チャレンジ」という悪趣味な遊びが、
ティーンエイジャーの間で流行っている。

母親を自殺で亡くした主人公のミアは、
その降霊術パーティーに参加し、
「ヤバいこと」が起きていくというストーリーです。

ホラーとかゾンビ映画って、
「現実世界のメタファー」なんですよね。
ゾンビだと「感染症のメタファー」になりやすく、
幽霊だと「人間の無意識」のメタファーになりやすい。
要は作品の中の「この世ならぬもの」というのは、
現実世界の「人間の深淵」のメタファーで、
そこには「言語化不能な闇」みたいなものが表象されている。
『進撃の巨人』における「巨人」や、
『鬼滅の刃』における「鬼」を考えると分かりやすいのですが。

本作のメッセージは、
死者と生者の「対話の不可能性」みたいなものでした。

怖いのが嫌いな人は見ない方が良いです。
言わなくても見ないでしょうけど。
(738文字)



『幻の光』

監督:是枝裕和
主演:江角マキコ、浅野忠信、内藤剛志
公開年・国:1995年(日本)
リンク:https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B07WZH6B34/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

是枝監督の作品は全部見てきたと思ってましたが、
おそらく長編映画デビュー作の本作は未見でした。
監督デビュー作にはその監督の「作家性のタネ」が、
全部入っていると言われますが、
「確かに」という感じですかね。

「日本的血縁主義」の外にある「家族」というテーマだったり、
一緒に縁側でスイカを食べるシーン(万引き家族)だったり、
「死」というものに惹かれる人間が、
どうやってこの世にとどまるための希望を見つけるかということだったり。

後の数々の作品とは違い、
本作に社会批評性は薄いです。
それゆえに言論人としてよりも映画監督として、
是枝監督がどういうことをしたい人なのかが分かります。
(276文字)




『スティング』

監督:ジョージ・ロイ・ヒル
主演:ロバート・レッドフォード/ポール・ニューマン
公開年・国:1974年(アメリカ)
リンク:https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00G9T13LG/ref=atv_dp_share_cu_r

▼140文字ブリーフィング:

50年前の映画ですが、
「古典的名作」です。
その年のアカデミー賞を、
作品賞を含め総なめにしたそうです。

同じ教会の方が、
「人生最高の映画はスティングですね」
って言っていて興味をもちました。

たしかに面白いです。
この映画から始まった「映画の技法」がいくつかあるらしく、
音楽や幕間の使い方、テンポの出し方、
アクションシーンの軽快さ、
そして脚本のなかの「とある仕掛け」。
「映画の面白さ」が詰まった作品です。
(197文字)




『オッペンハイマー』

監督:クリストファー・ノーラン
主演:キリアン・マーフィー/エイミー・ブラント/マット・デイモン/ロバート・ダウニー・ジュニア
公開年・国:2023年(アメリカ)
リンク:https://www.oppenheimermovie.jp/

▼140文字ブリーフィング:

こちらは『スティング』の50年後、
今年のアカデミー作品賞受賞作です。

アメリカでは去年の夏に公開されていますが、
日本での公開が一年近く遅れたのは、
テーマが原子爆弾開発のマンハッタン計画だからだ、
と言われています。

とはいえ本作を見れば分かるのですが、
決して原子爆弾を肯定しているような映画ではなく、
むしろ非常に批判的に描いている。
アメリカが「自らの手が血塗られている」という事実に、
真正面から向き合う良作です。

「プロメテウスの火」であるところの、
原子爆弾(核分裂によるエネルギーの放出)を、
理論的に生んだのはオッペンハイマーらマンハッタン計画の物理学者たちでした。
彼は開発段階で、核融合(太陽と同じ原理)による、
「水素爆弾」も理論的は開発可能であることが分かってきます。
これが「チェインリアクション(連鎖反応)」を起こせば、
世界は消えてしまうということも数理モデルでは可能性ゼロではない。

「私たちは、世界を消してしまうかもしれない」

その連鎖反応の最初の引き金を引いてしまったのかもしれない。

オッペンハイマーはその「呪い」を引き受け壊れていく。
アインシュタインにはその未来が見えていたから、
老境のアインシュタインは若きオッペンハイマーに、
親切にも「忠告」していたのです。

現在我々の世界はすでに「水素爆弾」を持っている。
東西冷戦の「キューバ危機」、
そしてほぼ核を保有していることが確実なイスラエルが戦争状態にあり、
ロシアは核を脅しに使うことに臆面もない。
イランも核を持とうとしており、
北朝鮮も中国もインドもパキスタンも。
沖縄返還時の佐藤栄作の米国との「密約」により、
日本も非核三原則を本当に守っているかどうか、
実は疑わしいという説もある。
特に「持ち込ませない」は相当怪しいとされる。

これらが「チェインリアクション」を起こしたらどうなるか。
人類の歴史はそこでいったん終わるでしょう。
『猿の惑星』の衝撃のラストシーンが、
1,000年後の本当になるかもしれない。

「核」がバランスオブパワーのための戦略核ではなく、
実際の兵器として使われる戦術核になったとき、
本当に人類は「終わる」でしょう。
オッペンハイマーが何度も見た悪夢は、
じっさいには避けられておらず、
我々が目にしている世界こそがそれだ、
ということが示唆される。

オッペンハイマーやアインシュタインは、
「ほら見たことか」と天国で言っているのか。
それとも後悔の念にさいなまれているのか。
もしくは「俺たちがやらなくても誰かはやった。
人類っていつもそうでしょ」と諦めているのか。

創世記の「バベル」の時代から、
人類は技術を手にするとそれを使わなければ気が済まず、
そして最後には神にも並ぼうとする。
人間の原罪の深淵を覗くような「実存的な映画」として、
私はこの映画を鑑賞しました。
見る人によって解釈は変わるでしょうが。
(1,063文字)



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