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ち 「知多」


4歳から11歳までの7年間、僕は愛知県知多市に住んでいた。とっても小さな町だ。今しがたGoogleで調べたら人口は8万人だ。Googleの航空写真で当時住んでいた知多市日長台周辺と、知多市旭北小学校を見てたら時空がゆがみ、この原稿を書くのも忘れて10分間意識が吹き飛んでいた。

僕は発達に偏りがあったからか、「記憶のはじまり」がすごく遅く、小学校2年生ぐらいから始まる。それ以前の記憶もあるにはあるのだが、普通の人が「2歳の頃の記憶」みたいにして話す、きわめて断片的なものに限られる。だから知多ではっきり思い出せるのは8歳から11歳ぐらいまでの4年間だ。その4年間にもいろんなことがあった。それらを詳しく話す時間は今日はないけれど、いくつか知多市について話したい。

まず、知多市はとんでもない田舎だ。今も田舎かどうかは判然としない。Googleマップで見ると、マックスバリュー知多店とかイトーヨーカドー知多店とかあるから、もう田舎ではないのかもしれない。郊外型の素敵な住宅が建ち並ぶ町になっているのかもしれない。いちどこの目で確認に行きたい。大学5年のとき父親が癌になったときに一瞬行ったが、それを除けば知多には35年ぐらい行っていない。35年というのはとんでもない時間だ。デロリアンで1985年から2015年にタイムスリップした『バックトゥザフューチャー』のマーティのように、令和の知多を見たら、僕はいったい何がどうなっているのか把握するのに少々時間を要するだろう。

そんなわけで今の知多について僕は何一つ語れないが、35年前の知多に関してなら少々語ることができる。知多っていうのはまず、ペコロスの産地である。ペコロスって何?って人もいるかもしれない。ひとことで言うと「小さな玉ねぎ」なのだけど、フランス料理などの高級食材らしく、この生産量が知多だけで全国の9割を占める、と当時習った。今もその割合は8割と圧倒的だ。ちなみに知多市民の食卓にペコロスが並ぶ、ということは聞いたことがないし、自分の家庭でも食べたことがない。全部、日本各地のフランス料理屋に直行するみたいだ。

ペコロスの生産量に関してはGoogleで調べた。っていうかこの記事Googleで調べてばかりいる。こんなに検索しながら書いていると、ChatGPTが書いた記事と間違われないか不安になってきたので、ここらでAIが絶対言わないだろう変なことを言っておく。

「俺は屁で空を飛ぶって言い残して僕の父ちゃんは死にました。きっと星になったのだと思います。ご覧、あの星雲、あれが父ちゃんの屁だよ」

これでいい。

続きを書く。

僕が住んでいた高峰脇っていうところから通っていた旭北小学校までは700メートル、子どもの足で10分強だったのだが、その通学路は今でもよく覚えている。交差点も信号もひとつもなく、登下校のルートに家は一軒も建っておらず、ひたすら田舎の一本道を歩いた。両脇の畑はすべてペコロス畑で、収穫時期になると規格外なのか生産調整なのか、収穫されなかったペコロスが道に転がっていた。ちょうどピンポン球大のそのペコロスを蹴りながら僕たちは家路についた。「あれは高級食材なのですよ」と小学校の担任は僕たちに教えてくれたが、そんなこと言われると余計蹴りたくなるじゃないか。家に持って帰ってフランス料理にしてもらう、という発想はみじんもなかった。

あと、田舎すぎて夏休みに配られるプリントの注意事項がふるっていた:「1.マムシに気をつけましょう。マムシは頭が三角です。見かけたら絶対に触ったり遊んだりしたらダメです。2.知らない洞窟に入らないようにしましょう。ガスがたまっていることがあります」

本当にこんな感じだった。僕はちなみにマムシをレンガで仕留めたことがある。安全の意味でも動物愛護の意味でも、あらゆる意味で推奨されないが、友だちと「マムシを成敗した!!!」と得意になって、僕はそれを図工の授業の版画にした。僕の足下でマムシがレンガに頭を砕かれて死んでいる。よくできた版画だと思うのにあまり評価されなかった。前年には最優秀賞を取ったこともあったのに。今思えば、作品の出来とは関係なく「諸般の事情」で入選しなかったのだ。あのときのマムシには悪いと思っている。マムシとはいえ残酷に殺されるいわれはないのだ。彼らにだって尊厳をもって生を全うする権利がある。天国で謝罪したい。

いつかまた知多を訪れて、ペコロス畑を歩いてみたい。そしてデロリアンで駆けつけた過去の自分と、ばったり遭遇してみたい。「何であそこで公務員やめたんだ!」とか言われるのかな。過去の自分に怒られない自信は、ない。


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