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私のこと/何気ない会話


私のこと

 私は中学、高校とバスケットボール部に所属していました。 
中学ではエースナンバーを貰い、高校では部の主将として活動をしていました。

 このような経験をしていても、バスケットボールを通して人生において大切な経験をしたという風には思っていません。
それはきっと、結果が伴っていないという事実が何よりも重く残っているからだろうと思います。
 勿論、足は速くなったし体力も付きました。
只、それが今の私にとってプラスに働いているかと言われるとそんなことはありません。最近ではむしろマイナスに作用されているとすら思います。
  学生時代は少し運動ができること、役職を持っていること(これは社会人でも)だけで人に好かれることができます。
社会人になると、人に好かれるのはそんなに簡単なものではありません。
 中身が空っぽのまま社会に放たれた私にとって、ここは息が詰まって仕方ないです。実績がないのですから。

 スポーツで結果を残していないのは、社会人になっても有効な資格を持っていないのと同義だと捉えています。
 私が低いラインにいるのは、実績がないのに自分には経験があると思い込んで生きてきたからです。
 自分を認めようとしない不必要だと感じる言葉に耳を塞いでしまっていたから、必要な言葉も受け取ることができなかったのです。

私は今でも謎の自信だけを持ちながら、不必要な言葉を聞かないようにしています。
いつか耳を塞ぐことを諦めて大切な言葉を受け取れることを夢見て。


何気ない会話

 私には中学の頃から仲の良い友人がいまして、今でも頻繁に連絡を取っています。
高校は別々のところへ進学したのですが、そこで友人は野球から離れバスケットボールを始めました。おかげで大会でも顔を合わせたりして、繋がりを切らずにいられました。
 今でも僕たちは、週に一回は「会議」と称して、競馬の予想をしたりM1の優勝予想をしたり、好きなアイドルの話をしたり、サッカーの移籍について話したり。。
友人は少し変わっていて、スポーツ(競馬含め)以外の話題だと自分の好きなものを話したがらないのです。
 彼は某アイドルが好きだったのですが、ファンクラブに入ってライブ遠征していたことを1年以上隠していました。
私が理由を聞くと、「バレるのが恥ずかしかった」と言うのです。
 他にもマッチングアプリの話になった時、興味のないようなフリをしていたのに実はやっていたことを(これも1年以上)隠していたり。
実は嫌われているのかななんて考えたこともありましたが、お互い友達なんてほとんどいないので余計な心配はやめました。

 最近は、異性の話をするときの導入としてサッカーの話題を使います。
海外で誰が点を決めたとか、ドイツで対人成績1位の日本人MFがいるとか。乗ってきたところで、質問をします。
「好きな人はいないのか?」
彼はいないと笑いながら答えます。
本当にいないのか、言ったら茶化されるのが怖くて言わないのか。私にはわかりません。
ただ、いつか笑いながら相談でもしてきてくれたらいいなとは思います。

 スポーツを観る側としての話にはなってしまいますが、スポーツの醍醐味は大切な人と同じ時間を共有できることにあるのではないでしょうか。
その中にある何気ない会話に、スポーツが必要だと思います。
異性でも同性でも、
その人と観るから楽しく感じたり、自分が興味のないスポーツでも、その人が楽しそうにしているのが好きで、そのスポーツを知ろうとしたり。
 音楽や映画などにも共通しているとは思うのですが、芸術に疎い人でもスポーツには馴染みが深いこともあり仲を深めやすいと感じています。
私にとってスポーツとは、コミュニケーションを築く為の大事な要素の一つであり、好きな人をもっと好きになるためのものです。

以上、拙い文失礼しました。 

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