とも動物病院の日常と加納円の非日常
東京大空襲<結> 1
縁(えにし)と言うものが、ランダムに発生するイベントであるのは確かなことだろう。
何時でも何処でも誰にでも、好むと好まざるとに関わらず縁は生まれる。
そうして生まれた御縁は、見ず知らずだった者同士を強く結びつけるものらしい。
思いもかけぬできごとを切っ掛けとしてね。
“絆”なんて言うしょっぱい性善説に基く関係性も縁の眷属の内だろう。
責任逃れに長けた役人が如何にも考えつきそうな丸投げ縁だ。
外面の良い絆ちゃんの他にも、宿縁殿と奇縁様、悪縁先生や遠縁君に加えて血縁さんなどなど、一族には色々と個性的な面子が揃っている。
ここで僕が取り上げたいのは、差し詰め腐れ縁各位としか表現できない縁のことだ。
かつて僕が高校に入学した頃の話になる。
小学校以来ひとりぼっちが大好きだった僕と複数の少女たちとの間に、ひょんなことからひょんな縁が生まれた。
双方の本意を無視して出来上がった関係性は、全員が社会人となった現在に至っても・・・元気よく絶賛継続中だ。
「手放しで絶賛しているとは言い難い!」
僕はそう主張してるのだけれどもね。
「何を今さら!」
腐れ縁ども・・・かの淑女連中はそれを鼻で笑うかのようにいなしてくる。
彼女らに言わせれば、僕が内心まんざらではないと思っていることは自明の理なのだそうだ。
当人が自覚できていない心の内を「すべて承知しているわ!」と断言されてもだよ。
「それはいかがなものでしょうか?」とは思う。
まあ、淑女連中のそうしたドヤ顔には、もうすっかり慣れっこになってしまったのも事実だけどさ。
皆と知り合って数か月も経たない内に、僕は彼女たちとの関係性を深く考える義務と責任を放棄してしまった。
そんな僕なのだから、今になってそれを気鬱に感じようと是非もないこと・・・ではある。
思うに、人間同士は一対一の真摯な対等関係をベースにして、互いへの好意なり時には悪意なりを涵養(かんよう)すべきなのだ。
けれども淑女連中にはそんな理想論など馬耳東風だった。
どいつもこいつも出会って間もなく、僕の人生に我が物顔で踏み込んできた。
以来、彼女らは遠慮も会釈も一切見せぬまま居座り続けている。
鵜匠は何羽もの鵜に首結いの紐を付けて鵜飼を執り行う。
僕の状況を鵜飼に例えれば、鵜は僕ひとり・・・いや、たった一羽きりだ。
僕の首に巻き付いた人数分の手綱を、鵜匠たる彼女らがそれぞれ握り締めていることになるのだからたまらない。
男と生まれたからには鵜匠となって、手名付けた美女たちの首に縄を付けて存分に鵜飼を楽しみたい。
などと夢想でもしようものならたちまちバレて袋叩きにあうのは必定だった。
僕が図らずとも彼女らと結ぶ羽目になった縁のせいで、基本僕は彼女らに隠し事ができない。
彼女らがその気になれば、僕の意識も無意識も隅から隅までズズ、ズイーッとお見通しになっちまうんだぜ。
僕なんて惑星タトゥイーンはカークーンの大穴に住むサルラックの餌と同じだよ?
カークーンの大穴ってのはジャバ・ザ・ハットが処刑場に使ってるあれな。
サルラックは大穴に住むアリジゴクみたいな巨大クリーチャーな。
サルラックに食われると消化に千年かけるってことだから、僕なんか彼女らの餌と似たようなものさ。
こんなこと彼女らの前では口にすることはおろか、チラっとでも考えられないけどね。
国家試験に合格して獣医師として働き始めた頃のことだった。
ちょっとした転機が訪れて、高校以来僕に張り付いていたとりわけ強権的な淑女がふたり、同時期に日本を離れた。
後に残った淑女は比較的僕には優しい奴等だった。
そこで嬉しいことに、僕は少しばかり昔懐かしい孤独っていうやつを取り戻せたのだった。
学校を卒業してしまえば、なんやかやとつるんで行動していた友人達とも疎縁になる。
過酷だった最初の病院でも仕事は辛かったが人間関係のドロドロはなかった。
ともさんとは、互いの内心に干渉しない大人の良縁で結ばれていているので、言うことは無い。
僕は決して偏屈な人間ではないし人嫌いと言う訳でもない。
それでも、ともさんとふたり、まったり穏やかに動物のお医者さんとして暮らすのは僕の性に合っていた。
なんと言っても、仕事が終わればひとりになれる時間を自由に満喫できた。
それは無人島か山奥で過ごす休暇の様で、誰が何と言おうとも心躍る楽しい日々だったのだ。
まあ、どんな慶事にも終わりはある。
スケジュール帳に確保されたささやかな空白部分。
それが休暇と言う特別な時空間を規定する。
そのことは僕も知っている。
けれども空白はあくまでスケジュール帳の一部分に過ぎない。
行やページが進めばいつか休暇は終わりとなる。
休暇が終われば僕は、学生時代の様に奇想天外で気ぜわしい・・・。
だが考え様によっては、充実した日々に戻っていかなければならない。
そのことは、僕にも良ーく、分かっていたのだけれどもね。
いつの頃からか淑女連中は、自分達のことを後宮の魔女なんて言って面白がっている。
人聞きが悪いから辞めてくれてと何度も苦言を呈しているが、僕の言うことなんか誰も聞いてくれやしない。
この度、長らく日本を留守にしていた剛腕の淑女がふたり戻って来る。
久々に後宮の魔女が全員揃うわけだ。
僕の休暇が終わるとはそう言うことだ。
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