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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #19

第二章 航過:7

「そんな背景があるところでね。

インディアナポリス号が就役したらその日の内に撃沈して、ザマーミロって言ってやるつもりでいたのに返り討ちに合っちゃったんだからさ」

クララさーん、前振りが長すぎますって。

その後の話でしょ?本題は。

もう社会科の授業ですよこれは。

「自信満々で切り込んだってのに返り討ちなんてかなりこっ恥ずかしくて、都市連合の上の人たちは、こちらのアクションについては、全部無かったことにしたかったんだと思うよ。

それに、西側の都市間連絡会議が、都市連合と言うある種の連邦国家的な名乗りを上げて間もない戦後すぐのことだからね。

古代の地球から引用すれば、部族とか地域国家に近い連帯感?

当時はまだ使い慣れていないそんな帰属意識も、どこか借り物めいていていたんだろうね。

ちょっとは考え初めていたかもしれない外交交渉という発想も、今と比べて随分と幼稚で貧しかったんだろうなって思う」

クララさんは憂鬱そうに眉をしかめたが、そんな彼女を慰撫するように優しい風が銀色の髪をゆらし、小さな金色のピアスが光った。

彼女の目線の先を追うと、本当に間近になってきたインディアナポリス号の帆と船体が、空と海の狭間で陽光をまとって白く眩しい。

 クララさんの話しは大筋は社会科の時間に、あくまでこちら目線の教科書でそれなりに詳しく教わった気がする。

彼女の語りには、あちら目線の結構大胆な解釈も混ざっていたように感じたが、不勉強なわたしには良く分からないと言うのが本当の所だった。

ディアナならそこらへんは確実に理解してるだろうし、わたしみたいなトウシロウにだって、もうちょいと分かり易い解説もできたろう。

ところが、ディアナときたらインディアナポリス号を見つめる目は逝っちゃったままだし、惚けてヨダレまでたらしている。

クララさんの話が、まったく耳に届いていないのは確かだね。

そんな一見するとポンコツなディアナだけど、知識と教養なら同世代の誰にも負けない。

オタク気質で好奇心は旺盛だし、生来の地頭の良さに加えて努力家と来てる。

わたしは彼女と比べた自分の無知と無教養を大いに自覚して恥ずかしくなった。

それでも、わたしは話の流れに上手に乗っているふりをすべく、口を閉じたクララさんに先を促した。

凶悪アキコさんがインディアナポリス号から狂気をはらんだ視線を外すと、賢いアキちゃんの考え深げな眼差しに切り替えて、ちらっとわたしを見た。

「インディアナポリス号はこっちの封鎖艦隊を打ち破った後どうなったんです?」

クララさんは目線をゆっくり再び海上へ戻した。

銀色の髪が日光を浴びてインディアナポリス号の白と重なり、彼女の表情に不思議な気品を漂わせた。

「我が同胞の恥ずべき海賊船を片っ端から葬っていったわ。

インディアナポリス号の連中に取っちゃ自衛のための警察行動だったし、私掠船狩りと称していたそうだから気分はもう戦争だったでしょうね。

都市連合も泥縄で領海の策定をやって、元老院暫定統治機構を牽制したんだけど、かえって逆効果。

なんたって自称私掠船は、あっちの領海というか縄張りを侵犯して海賊行為を働いていたわけだからね。

それからだよ。

双方の領海ぎりぎりのエリアやいわゆる公海上で、こっちのフリゲート艦や戦列艦とあっちの武装船舶の偶発戦が繰り返されるようになったのは」

「あっ、それ、冷たい戦争ってやつですよね。

わたしだってそれくらいは聞いたことありますよー」

みんなの冷ややかな視線が投げつけられ、クララさんもサラッとわたしを無視しした。

そんなことは常識中の常識中だったらしく、わたしの合いの手などまったくお呼びじゃなかったようだ。

大丈夫か自分?

ポストアカデミーの入試が少しく心配になったアリーちゃんではあった。

 「都市連合としては海賊船の活動を推奨していた訳じゃなかったけれど、積極的に取り締まりもしてなかったの。

むしろ挑発と取られても仕方がないやり方で艦船の派遣をしていたくらい。

インディアナポリス号の件では、はなっから恥をかかされたからね。

意趣返しって気分は相当あったと思うよ。

当然、表向きは海賊船の取り締まりと称していたけれど、無法なことはやめなさいくらいの熱の無い通り一遍の警告の旗を流す程度で、現場サイドとしてはほとんど黙認状態だったらしいわ。

そんなこんなで東側も自衛という大義名分の元に、少しずつ新しい艦船を増やしていったわけ。

けれどもそうなったらそうなったらで、今度はこっちのフリゲート艦が向こうの警察活動を邪魔してみたり、ノリで海賊船に加勢しちゃったりともうめちゃくちゃ。

互いに遺恨ありすぎな軍艦同士の小競り合いの機会が、相対的に増えて行ったのもむべなるかな、というありさまだったの」


『戦争は終わっていない!』


ディアナは事あるごとにそう言ってるけれど、海賊船を仲立ちとした非正規戦めいた殴り合いを戦争と言い切って良いものだろうか。

実際、終戦の後、都市連合と元老院暫定統治機構との間では通常の商取引や市民の交流に制限は無かったはずだ。

“冷たい戦争”って言う表現も実は比喩の域を出ないと思っていた。

「東側に取っちゃこっちの艦船は、海賊船を手助けに来ているとしか思えなかっただろうからね。

やる気満々だよ。

けれどもそうしてだらだらと準戦争みたいな、さっきアリーが言ってた冷たい戦争が結構な年月続く内、大がかりな海賊活動が徐々に減り始めたんだ。

大戦に従軍した兵員が年を取り船も老朽化して、海賊船自体の数が減ったという現実が大きいけれど、まあ法律の整備も進んで人々の意識も変わって行ったということね。

去る者日々に疎し?

戦争の記憶も次第に薄れて、恨みつらみより費用対効果と財務諸表の時代になったってわけよ」

 戦争が終わってから五十年くらいの時が経過した。

古代地球人に比べてわたしたちの寿命がいくら長いと言っても、さすがに気力が持たないだろうし、恩讐を超えて新しい人生をやり直そうと考える人が過半数を超えたのだろう。

良いことだと素直に思う。

「小競り合いは続いたものの、やがて双方の軍艦同士の間で直接砲撃や近接戦闘での切り込み、白兵戦は初めのころ程は見られなくなったの。

それになんといっても艦船と兵員の維持にはとてつもなくお金を食うからね。

コストに見合う形で海賊船の活動が縮小洗練されていって、無法な畜生働きが下火になるとあっちもこっちも、兵と艦何れも予備役編入、要するにリストラが時代の流れになったわ。

結果として、いわゆる血で血を洗う合戦の機会自体が過去の話になって、今に至るということね」

またまたディアナに言わせるなら、どうせ“武装行儀見習いのための帆船生活”の巻のなんちゃらからの受け売りに違いないのだけれど、今日もこの広い大海原のどこかで砲声が鳴り轟き、切り込みに掛かる鬨の声が上がっている、らしいのだが。

「そんな情勢の中にあって、インディアポリス号はリストラを免れて現役のフリゲート艦として今も変わらず大洋を遊よくしているのだわ。

艦歴から見ればもう大層な老巧艦だけれど、丁寧に補修や改修を重ねて今だ現役として檜舞台に立ち続けているのだから、それはそれで大したものだと思う」


『左舷前方を優雅に航走するあの美しい船は、結してババアなんぞにゃ見えません!』


百歩譲って美魔女か?

同じ女としてお手本にしたいくらい若々しい姿を保っていると思った。

軍民問わず愛され大事にされている船なのだろう。

クララさんもなんだかんだ言って船が好きなのだなと思った。

インディアナポリス号には大いに含むところがありそうだったけど。


『美しいものはやっぱり美しいですよね』

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