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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #209

第十三章 終幕:17

 「おたっしゃクラブのお年寄達に叱咤激励された現役連中はね。
小煩く尻を叩かれ続けて、あちらで一人こちらで一人って調子でのろのろ再起動したの。
アパシー状態の現役世代は、元気なお年寄り達に鼻面を引き摺りまわされて、なんとか絶望の淵から這い出したってことね。
そしてお年寄りのリーダーシップの元。
ロージナの各地で、いかにも何だかなぁと言う急作りの地域行政組織がでっち上げられたわ。
後年、元老院暫定統治機構やら都市連合とかカモガワ海洋研究所なんて名乗るアレよ。
やがてそれらがまがりなりにも機能し始めるとね。
各地域でそれぞれブイブイ言わせていたおたっしゃクラブのお年寄り達は、早々に表舞台から姿を消したの。
遠く離れた地域同士でほぼ同時期によ。
地域行政組織が互いに連絡を取れるまで数百年かかったというのに、どうしたことかしら。
彼ら彼女らはまるで申し合わせたようにそれぞれの地域の表舞台に登場して、役割を終えるとさっさと楽屋に引っ込んだというわけなの。
不思議でしょう?
どう考えてもおかしくない?」
ケイコばあちゃんに問われるまでもなく、それはおたっしゃクラブによる、怪しさ満点な全ロージナ的ふるまいだった。
その疑惑の統一行動のからくりについて、ケイコばあちゃんは言下に。
「禁則事項だから今現在この時のアンには教えられないわね」
そうのたまわった。
「禁則事項って・・・いったいなんの・・・こと?
今現在この時のわたしには・・・教えられ無いって・・・どう言うこと?」
二階に上がって梯子を外されたようなものだった。
イミフだった。
ケイコばあちゃんはわたしの質問を完無視すると、自称無邪気な笑みを浮かべて先を続けた。
「そうしてロージナの何処であっても、大陸でも島でも、表舞台から姿を消したおたっしゃクラブはね、初志貫徹。
いつの間にやら趣味的秘密結社に姿を変え、千年の長きに渡って営々と世のため人のため、善意溢れるお節介を焼き続けたの。
おたっしゃクラブの会員達は、市井に紛れて公園の掃除をしたり子供と遊んだり。
体や心の不自由な人をサポートしながらね。
みんなで和気あいあいとボランティア活動にいそしんできたのよ」
 指導者や確立した運営組織を持たないおたっしゃクラブが、時期をあやまたず表舞台に出たり引っ込んだりできたのはなぜか。
ロージナのあっちとこっちで、お互いが達者であるかどうか知らず。
それを確かめることも叶わなかった。
それにも関わらずどうして出たり引っ込んだりできたの?
おまけに、ロージナの何処でもやってることはまったく同じ。
そんなボランティア活動を、曲がりなりにも千年の間続けられたのはなぜ。
わたしの頭の中は疑問符であふれかえった。
 「考えてもごらんなさい。
例えば、ラテン語がロマンス諸語に分化するのにも千年は掛からなかったわ。
だけど私たちはどう?
ロージナでは何百年も交流の無かった地域間で、ほとんど言葉に差異が出なかった。
方言らしきものも生まれなかった。
こうして古代地球におけるラテン語の変化も考察に加えて俯瞰すればよ。
改めておたっしゃクラブの活動が隔絶された地域間で変容しなかったこと。
地域間の言語に方言すら生じなかったこと。
そんなことどもが、偶然やたまたまの結果ではないことが見えてくるわ。
どう考えても、そこには誰かさんたちの共通した意思と合意が介在している。
そうとしか思えない。
でしよ?」
ケイコばあちゃんは珍しく真面目な顔付でわたしを見た。
あなたはどう思うの?と問いかけて、お替りのお茶を入れはじめた。
「桜楓会なの?」
おたっしゃクラブが歴史の檜舞台から姿を消した時。
一緒にこそっと深い闇に隠れた有識者の委員会が脳裏に浮かんだ。
そいつらが影で糸を引きロージナの裏社会で暗躍するだけに止まらず、表社会をも操って来たのではなかったか。
わたしがそう勘ぐってみたのは、いわゆる論理的帰結というやつだ。
「さすが私の妹と言いたいところだけどね。
ここまで引っ張ってヒントをあげて。
それでも分からなかったら、相棒も後継者もなかったことにしたわね」
ケイコばあちゃんは美味しそうにお茶をすすった。
 考えてみれば、いつの時代にだってケイコばあちゃんみたいな闇黒マキャベリストはいたはずだ。
インデックスやリーダーの問題だって、当代になって初めて表沙汰になっただなんて不自然すぎるのだ。
そんなこと『なるほどね!』って掌を打って、改めて合点するまでもないだろう。
言語生活の統一感だって、どこぞの誰かさん達が各地の教育に介入して、標準語をきっちり決めていたのならそれで説明が付く。
となるとその熱意に溢れ使命感に燃えた誰かさん達は、探せば他にもいろいろと手広くやってそうだ。
そんなことは、火を見るより明らかだろう。
「話を・・・小さいところに戻すと・・・こういうことも言える・・・かしら?
桜楓会は・・・時を超え地域を超え・・・わたしみたいな・・・それこそ数えきれないくらい・・・あったに決まってる・・・。
“ロージナを・・・危機に陥れる可能性のある・・・秘密
そんなものを・・・闇から闇へと・・・葬って来た」
ケイコばあちゃんの話しから思いついた自説を、せぐりあげながら腫れぼったいジト目で開陳して見せた。
「禁則事項って便利な言葉ねー。
とりあえず今のところは話せないわー。
五分後には分からないけどねー。
アンが禁則事項を聞くに値する人間かどうか、見極めてからの話になるわねー」
「おばあちゃん・・・さっきわたしを相棒かつ後継者にする・・・っていったばかりじゃん」
「あなたを相棒かつ後継者に“する”。
なんて一言も言ってないわ。
あなたを相棒にしたいのは本当のこと。
だけど後継者については、“あなたを後継者にできたら良いなと思い始めてる”と言っただけ。
あなたを後継者に指名できるかどうか。
それが分かるのは先のことになるでしょうね」
わたしの意気込みは、朗らかに一蹴された。
 ケイコばあちゃんに言わせれば、彼女は現時代のエースとのことだ。
なんのエースだか分からないけど、桜楓会のコミットに対応している内に、いきなりエースになったらしい。
エースになる過程で分かったのはおたっしゃクラブの上位組織である桜楓会の実体だった。
「それって・・・分からなかったん・・・じゃないの?」
「以前はね。
私も本気じゃなかったし。
今回は別。
やつら、私の仕事に横槍を入れてきたからね。
とことん調べてやりましたとも。
一言で言えば大災厄からこっち、各地域の桜楓会は各々の緊密な協力の元に、歴史の裏で暗躍してきたってこと。
ロージナと言う惑星の世界政府を指導する内閣。
そう言っても過言じゃないくらいの政治工作をしてきたの」
 帆船の技術が進むまでロージナの各地域は、まったく交流が途絶えていたはずだ。
都市連合と元老院暫定統治機構や、その他遠く離れた海の向こうの地域にも桜楓会が存在したとしてもだよ。
順当に考えれば、桜楓会だってやっぱり互いに孤立していたはず。
だけどおたっしゃクラブの活動や言語の均一性。
そこから導かれる結論を考察すれば答えは一つしかない。
桜楓会に限っては大災厄以降、密に連絡を取り合っていて終始一枚岩だった。
そう言うことになる。
一枚岩を維持する為に、どういう通信連絡手段を使ったのかは、今は禁則事項と言う事でケイコばあちゃんも教えてくれなかった。
けれどもこの千年の間、各地の桜楓会が頻繁に連絡を取りあっていたというのは、本当のことだと言う。
「そんな全惑星的コミュニケーションのシステムがあったのなら、各地域の桜楓会はなんでもっとちゃんと表立って活動しなかったの?
桜楓会ができることをしっかりやっていれば、元老院暫定統治機構の人達だって先の大戦の様な真似はしなくて済んだはずだよ。
ほんと笑ってしまう。
戦争が起きようが虐殺が起きようが。
市民が飢えに苦しみ貧困に喘ごうが。
ちゃっかり無視を決め込んで何の手も打たない政府と内閣なんて、あってたまるものですか。
もしそんな政府や内閣があるとしたら、それこそ胸糞の悪い茶番か、たちの悪い冗談としか思えないよ」
頭の中が瞬時に煮えくり返ったせいか、今まで止まらなかったしゃくりあげが、いきなり止まった。
お門違いであることは分かっていた。
けれども、わたしは鼻に皺を寄せてそう反論、いいえ桜楓会の不実を詰ってみた。

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