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ロージナの何処でも:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #210

第十三章 終幕:18

 わたしがケイコばあちゃんに投げつけた桜楓会を糾弾罵倒する言葉。
それは単に感情を制御できなかったわたしが、桜楓会にかこつけて吐き出した言葉。
ただの八つ当たりの言葉だったとも言える。
けれどその言葉は、わたしのなかに根付いた正しい心から来たものだったと考えたい。
但し、正しい心が大上段に構える“正義”と言う言葉に置き換わってしまったら、それは多分思考停止のスイッチが入ったことでもある。
そんなことは、たった十七年しか生きていない小娘のわたしにだって言い切れることだ。
人間観察って言うオーセンティックな経験譚で、いくらでも実例を上げられる。
“正義”を振りかざして人様に意見をしようなんてやからは、ろくでもないヤツラばっかりだったからね。
正しい心は自分だけのものだし、ろくでなしが声高に叫ぶ“正義”みたいに、人に押し付けたり喧伝するような下品なものじゃあない。
正しい心が自分の中にあるのなら、人に知られちゃ駄目だし、知って貰おうなんて思ったらもっと駄目だ。
 
 ケイコばあちゃんが聞かせてくれた、歴史上の事実とやらがもし本当の事だったとしたらだよ。
確かに桜楓会は、ライブラリーになり変わってロージナの人類を守る為に精一杯機能してきた。
そう言っても良いのだろう。

『控えおろう!
我こそは桜楓会の現会長であるぞよ!』

なんて、半ば吹き出しそうになりながら見栄を切る、ケイコ・マハン・ドレークにそう思わされてしまった。
 何を隠そうケイコばあちゃんはね。
『ある時は手芸むじな屋の店主。
またある時はおたっしゃクラブのエース。
しかしてその実体は桜楓会の現会長』
なんですってよ!!
そのことは最早驚きを通り越し、わたしに感情鈍麻を引き起こしたね。
わたしを取り巻く現実は出鱈目にもほどがあるってこった。
 桜楓会の所業については正しい心で怒ったつもりだったんだけどさ。
わたしはケイコばあちゃんにはめられて、いいようにいたぶられたも同然の扱いを受けていた。
そう言ったって良いだろう。
照れ隠しに『ケイコばあちゃんが相手なのだから、こんなこったろうと思ったよ』と嘆いてみたけど詮無いことだ。
それでもこの、おばあちゃんとの話し合いの前半で、桜楓会に感じたわたしの怒り。
それは、誰に恥じることのない正しい怒りだったのは確かだったよ?

 桜楓会のやって来たことはわたしの考える正しさとは相容れない。
現会長がケイコばあちゃんであろうとなかろうと、そのことは釈然としないし納得もできない。
けれどもケイコばあちゃんがこの後教えてくれた、超㊙と称するヨタ話を聞いた後ではさ。
口惜しいけど、桜楓会の所業をガッテンして受け入れざるを得なかった。
正しいことの構造は単純だけど、“正しさに必要なあれこれ”は複雑怪奇と知ったからね。
 桜楓会の履歴に続いてケイコばあちゃんから、今回特別に明かすと言って聞かされたとっておきの㊙情報は禁則事項のひとつだった。
結果として“正しさに必要なあれこれ”の根本原因となったとされるヨタ話は、最終的にコペ転クラスのパラダイムシフトをわたしにもたらした。
ホント。
馴染んでいた日常や世界観がマルッと覆るのは、精神衛生上たまんないことだよ?

 「アンが桜楓会の正しくないあれこれを知って、怒り狂ってくれたのでそれを良しとするわ。
御褒美に、禁則事項を少し解除しちゃう。
アンは正しいことと胡散臭い“正義”をちゃんと区別できてる。
取り敢えず私の試問で赤点は回避したわね。
だけど今から私が話すことを、そこらでペラペラ喋ったらあなたの命は無いものと思いなさいよ。
こればかりは愛する妹とはいえ容赦できないわ」
ケイコばあちゃんは何処までが本気で、何処までが冗談か良く分からない恫喝的物言いでわたしを脅しあげた。
そうして秘密厳守に釘を刺すことを忘れなかった。
秘密を守る誓いを立てろなんてことは一言も言われなかった。
『誓いなんぞ無意味』
ケイコばあちゃんの本気度がそう言ってる。
例の毒入りロケットも、そのまま頸にぶら下げておけときつく念押しされた。
 「死んでもおかしくない目に合わされてきたと言うのにね。
おばあちゃんにはわたしに対する労りの気持ちがこれっぽっちも感じられないわ。
あとで・・・ミズ・ロッシュとJ・Dに言いつけて・・・やるんだから!」
再度ぶり返してきた哀しみの涙目で睨み付けると、ケイコばあちゃんの顔色が少し変わった。
それはそれでそれなりに溜飲が下がったから、ここのところはまあ良しとした。
ケイコばあちゃんの頸元にも、同じロケットがぶら下がったままだったしね。
 
 真面目に考えたら冗談としか思えないその内緒話を整理して、ざっくり結論から述べればだよ。
ロージナ人にとっての最大の脅威は宇宙にある。
キモはその一点に尽きた。

『他人に教えたら命はないものと思え!』

ケイコばあちゃんに凄まれた極秘情報とやらは、聞いた限りじゃそんな御伽噺だったんだよ?
突っこみ所満載の妄想か出来の悪い夢みたいな話だよ?
どちらにしたって俄かには信じ難い宇宙からの脅威とやらは今も絶賛継続中で、ここ千年ばかり続く桜楓会限定の千辛万苦なお悩みの種だった。
そうなんだけどね。
 「つい最近私が、会長の座を力尽くで簒奪してまで突き止めた桜楓会の秘中の秘はね。
実際のところ、幹部限定の口伝だったの。
文字を使った記録は一切なかったわ。
裏取りも含めて、桜楓会を完全に私の支配下に置くまで、幹部を手あたり次第締め上げてゲロさせた内緒話ってことね」
ケラケラ笑うケイコばあちゃんを見て、思わずシズカさんのおっとり顔やシャーロットさんの無表情を思い出した。
同時に異端審問官という単語が脳裏に浮かんだのはなぜ?
それはさておき、ケイコばあちゃんがお気の毒な幹部のお爺さんやお婆さんの正気をば、シリシリと削り込んで聞き出したと言う秘密。
そんなご大層な㊙︎情報はだがしかし、戯言にしか聞こえないヨタ話だった。

 「今を去ること千年ほど前、最大五千光年規模にまで人類の版図は広がっていたわ。
その広大な人類世界が、突如として既知宙域外からの異文明。
平たく言えば宇宙人による攻撃を受けたのですって。
攻撃してきた連中にそうした概念があるかどうかは分からなかったけれども、とても卑怯で情け容赦のない不意打ちだったらしいわ」
人類とは異質の思考様式と文化を持った知性体との対話なんてさ。
先様に全くその意思が無かったのであれば、もとより成り立つはずもかったろうよ。
「なんで?
どうして?
理由を尋ねることも叶わなかったと言うことだけど、まあ当たり前よね。
ハエがハエ叩きに自分を叩き潰す理由を聞いたって答えてもらえないのと同じよ。
よしんば、ハエ叩きを持つホモサピに問い掛けることできたとしたって『それはお前がハエだから』と言う返事が返って来るだけだもの。
それはもはや敵意でさえないかもね。
不条理上等、シュールな現実ってなもんね」
ケイコばあちゃんはそんなこと悩んでも時間の無駄々々と言い捨てた。
宇宙の無情を語るケイコばあちゃんの形の良い桃色の唇から、小さくて白い歯が覗いた。
「地球から遠く広がり続けた人類世界は、人と意志を交わすことのできる未知の知性体と、それまで出くわすことがなかったの。
深宇宙探査でも、地球外文明は遺跡すら見つけることができなかったそうよ。
『ひょっとしたらホモサピみたいな高い知性をもった生き物は、宇宙でも本当に稀な存在なんじゃないかい』なんて少々お天狗になっていたのかもね。
宇宙人の攻撃は、そんな夜郎自大な考えに取り憑かれて、高くなったお鼻をヒクヒクさせているホモサピにとっては、まさかのまさか。
驚天動地のハルマゲドン。
阿鼻叫喚のジェノサイド。
だったということかしらね」
 何気なく天を仰ぎ見たら、作り話の中では昔からお馴染みだった宇宙人がいた。
そしたらそいつらは、手土産持った挨拶もナシ。
気の利いた口上で仁義を切ることもナシ。
会釈のえのじもナシで、いきなりタコ殴りしてきたのだ。
訳のわから無い連中に、いきなりフルボッコにされちゃったってこと。
人類としては、ちょっと高め設定だった自慢の鼻を、見事にへし折られちゃったという訳だね。
これぞまさにびっくり仰天。
青天の霹靂ってやつだったろう。
「井の中の蛙だったご先祖様達は、宇宙からの侵略に対する事前準備なんてまるでしていなかったの。
まさか宇宙にバーサーカーがいるなんてね。
可能性の可の字も考えていなかったから、ホモサピには備えもなければ憂いも無かったということね」
 戦端が開かれた当初から、人類世界の圧倒的劣勢はそれこそ火を見るより明らかだったってこった。
講釈師見てきたような嘘をつきではないけれど、ケイコばあちゃんの物語は臨場感バツグンでとっても面白かった。
それがやっぱりヨタ話であったのならもっと楽しめたのになって。
今になっても思う。

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