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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #18

第二章 航過:6

「なんかダメンズにたかられて身包み貢いで捨てられたのに、どうしても彼が忘れられない年増女のヒステリーって感じですね」
みんなが黙り込んでいるので『わたしが合いの手を入れなきゃ』と思ったのは、少し空気の読み過ぎだったかもしれない。
だが一人語りはつらいものがある。
クララさんはわたしのおかげで少しは話し易くなったはずだ。
「あんたねぇ、おなじ女としてその例えはないわぁ。
理不尽な上司にへつらう事しかできない小役人が、家に帰って妻子に八つ当たりしてる、くらいにしときなさい。
ぶっちゃけすっかり頭にきちゃってる酔っ払いがくだをまく酒場かなんかで、お前らだけ楽していい目を見やがってと吊るし上げを食ったのなら、こっちにもちょっとは引け目があるのは確かよ。
だけどさ、そうだからといって戦争をおっぱじめていきなりジェノサイドですか?
女子供まで皆殺しですか?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎しと言ったって、いくらなんでも調子に乗りすぎてやしませんか?
『てめえぶっ殺してやる』がスローガンにしたって、あんたら明らかに常軌を逸してますよと」
クララさん、立て板に水の名調子だった。
思わず『高麗屋!』って掛け声が出そうになった。
大向こうのみんなはポカンと口を開いてただコクコク頷いているだけだった。
半径五メートル以内の衆人注目。
主役は、甲板の上で作業をしている人が見えるほど近付いてきたインディアナポリス号から、クララさんに交代という感じだった。
「まあ、そんなこんなで戦後、元老院暫定統治機構が支配する東側と都市連合が仕切る西側の間には、何回か代替わりしないととても解けそうにもないわだかまりができちゃってさ。
百年ばかり語り継がれれば、それはそれはえぐい昔話になりそうな恨み辛みの記憶が積み重なっちまったってわけ。
ルサンチマンのミルフィーユよっ!」
ルサンチマンのミルフィーユは甘味の風上におけぬほどまずそうだった。
「そもそも、東側と西側には言葉や民族や文化で線引きできる差異なんてまったく無いんだからさ。
たまたま偶然、大災厄の時にどこで仕事していたかという違いだけで、王制やら共和制やらの国家をでっち上げるなんて無理スジ通るはずないでしょ?
大陸の東側で勤務していたらそこが工業資源はともかく食料生産には不向きな荒れた土地で、大災厄の前から食料は他所から運び込んでいましたと言うだけの差異なのだから、もうこれはどうしようもないわ」
ケイコばあちゃんもクララさんと似たようなことを言っていた。
ケイコばあちゃんもその昔は船乗りだったって言うからね。
世界を広く見て回る船乗りの業界には、軍民を通じた業界なりの常識があるんだろうさ。
「ですよねー。
千年近く住むとこが違っちゃっても、ロージナには何とか王国とか何と共和国ってないですもんね。
良く良く考えて見れば、大災厄のせいで大陸の西と東で行き来が出来なくなっちゃったっていうのが、まずかったんですよね?」
ヨイショの一言が調子よく口をついた。
「あんたの言う通り。
大陸のど真ん中に陸路では越えられない山脈や砂漠さえなければ、そもそも東西の対立なんてありえなかったはずよ。
だけどご先祖様たちが船を知らなかったなんて、超の付く科学文明が聞いてあきれるわ。
もし最初から船があったのなら、数百年間にもわたる東西断絶なんて間抜けなことにはならなかったと思うわ」
クララさんの表情から険しさが消えて少しいつもの感じに戻った。
「船っていう乗り物を再発見して、やっとこ海に乗り出すまでに何百年もかかっちゃったんですよね。
するってーと、本当の本当は誰のせいでも無かった訳ですよ」
場を和ませよう軽薄かましてポンって、掌を拳で打ってみた。
クララさんは『馬鹿かこいつは』って目をしてわたしを見ると、脱線した話を元に戻した。
「だけどさ、あたしたちのサイドだって、たまたま西側にいたから食糧については大災厄以前の農業政策の流れで、多少は楽してやってこれましたっていう程度のことでしょ。
多次元リンクとライブラリーを失って農業プラントは全部駄目になっちゃって、農作物って言ったって露地物だけってありさまだったからね。
色々と大変だったのはこっちも同じってみんな思ってるからさ。
だからこそ余計にやっかいなんだよ。
この問題は」
どっちもどっちの連鎖なんだからまったくねと、クララさんは何度目かのため息をついた。
「基本、それぞれが同じくらい自己中な兄弟間のいがみ合いみたいなものだから喧嘩上等やられたらやり返すっていうことで始末が付いちゃう。
兄弟の間に外交なんて概念ないだろ?
親でも居れば双方に拳骨食らわせて小一時間も説教すればよいのだろうけどさ。
あいにく地球もライブラリーも行方不明か墓の下ってことで、下手に外交問題とか言い出すと後々自分の手を縛ることになるからね。
捲土重来?
うちの海軍にしてみれば名分さえ立てば、今度はこっちからトツってやるから覚えて置きやがれってなもんだったんでしょうね」
やっとこインディアナポリス号を襲撃した話あたりに戻ってきたよ。
「結局、根底はクララさんがおっしゃる通り、どっちもどっちって言う事ですか」「まあ、大戦についてはね。
先に手を出したのはあっちだしオーバーキルも許し難いけど公平に考えれば、どっちもどっちと言うのが本当の所じゃないの?
大人の人達に聞かれたら怒られちゃうかもしれないし、感情的にははあたしもぜんぜん納得できないけどさ」
クララさんは苦々し気に口を歪めた。
確かに感情は追いつかない。
ひとりっこのわたしには兄弟うんぬんの例えは今一つピンとこなかったけれど、個人同士の喧嘩を思い浮かべてみれば、わたしだっておいそれとは納得できそうにない。
まあね、少しは自分にも悪いところがあったかなって思っていても、前口上も無しにいきなりぼこぼこにされたら、その後例え逆転勝ちできたって、すぐに仲直りなんかできやしない。
多分いつか十倍返しにしてやるって思ってしまうだろう。
「確かに。
村長さん辺りの大人にどっちもどっちなんてこと言ったら半日は説教くらいますね」
クララさん、それそれってわたしに指を振ってみせた。

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