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6. 境界線と距離とグローバリズム

 米中対立の時代、その激しい波に世界が巻き込まれている。特に香港は一国二制度の廃止、そして引き続き中国の直接的な介入に伴う混乱など、その爆心地として翻弄される運命にある。もちろんその最前線では、いまだ旧来の香港の価値観を守ろうと躍起する人々がいて、8月初頭の今日も、そこかしこで政府と人々のせめぎ合いが起きているに違いない。尤も、いまや中国国外の民主活動家にまで国家安全法が適応されるようになり、しかもその中には米国籍の人も含まれるという。BBCによると、「雨傘運動」の発起人の1人で、米国市民の朱牧民(サミュエル・チュー)氏は

中国以外の市民が標的にされるのは私が初めてかもしれないが、これが最後になることはない。私が標的になるなら、香港のために声を上げるどんなアメリカ人も、どんな国の人も標的にされるだろう。

と語ったという。

 オバマ政権後期より「航行の自由作戦」が行われていたことを考えると、トランプ政権に入り拍車がかかったとはいえ、ここ数年来は常々米中対立が世界の注目を浴びていた。しかし元宗主国のイギリスが香港市民へイギリス市民権を与えることを交付したのを始め、各国が香港との犯罪人引き渡し条約を中止し、さらに5Gネットワークからファーウェイという選択肢が排除されつつある現状、つまりアメリカ以外からも中国が懸念されるようになるとは、誰が予想しただろうか?

 特に5Gネットワークにおけるファーウェイ排除方針の拡大は、2019年の人々にとっては信じられないことだろう。なにせ、ヨーロッパと中国は力強い経済関係が結ばれており、トランプ政権が反対する中でさえ、一度はファーウェイの導入を決めたはずのイギリスやフランス。その二か国がむしろ5Gからのファーウェイ排除にかじを取った。またEU全体においても、欧州委員会に置いて「5G機器の調達先の多様化に向け、直ちに措置を講じる必要がある」こと、「戦略的な資産への投資に外国の国営企業などが関与している場合に政府が介入できるようになる」ための「外国直接投資の審査制度を直ちに採用するよう」にすべきという訴えが、話し合われた。

 もちろんその背後には、ファーウェイと関連企業に対する輸出規制強化により、世界随一の高品質半導体を生産するTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)が、ファーウェイへの半導体供給を制限する方針としており、適切な半導体を用いた商品作成が困難となることもあるだろう。またアメリカ政府が「国防権限法」を介してファーウェイなど、中国の特定企業の製品を使っている企業と、アメリカ政府との取引が制限されるようになったことなど、この中国製品への圧力は徐々に進行しつつある。

 とはいえ、もともとオセアニアを挟んでにらみ合っていたオーストラリアや、中印国境を舞台に乱闘が生じて以降、関係性が悪化しているインド、そして国際海洋条約に違反していると認定された「九段線」に伴う南シナ海の排他的経済水域問題で南シナ海沿岸諸国とも、中国は摩擦を生じるようになった。

 そう、この21世紀に再び覇権主義とその対抗に伴う問題として、「境界線」と「距離」が、世界の主問題に躍り出たのだ。

 この「電子メディア時代」に至るまで、長らく空間的距離は価値を喪失する一途にあった。近代以前の時代は、情報は人や移動手段と共に運ばれるものだったが、電信技術が開発されたことで、情報は単独で距離を超えるようになった。いまやここSNS時代に至っては、手のひらに収まるような小さな機器を介して、個々人が世界と渡り合うことが当たり前になっている。

 そうした通信手段の発展を背景に、情報のグローバル化、そして「脱領域性を特徴とし、特定の場所に縛られることはなく、いったん緩急あれば、どこかに拠点を移す準備がいつもできている」というグローバリストたちが生まれることとなった(『社会学の考え方〔第2版〕』(ちくま学芸文庫)より)。グローバル化の影響は今や場所を問わず、我々の生活の中に溶け込んでいる。そして「自分たちは相互に依存しあっている」という認識と「自分と他者とを分離したい」という願望とが対立する中で、人々は秩序を求めるために人為的な境界線を引くという。

 ただ境界線を引くという行為に対し、『社会学の考え方〔第2版〕』(ちくま学芸文庫)は

「境界線を引きたい」という願望は、しばしば意図しない形で、人々の間の依存関係や絆に影響を及ぼす。相対的な自立性を持つ構成単位の内側から突き付けられる問題があったとして、その問題に適切かつ合理的な解決策を編み出したとしても、この解決策が別の構成単位にとって新たな問題となる。各構成単位は、見かけに反して、密接に依存し合っているので、問題解決行動は、最終的にそもそもそれに着手した行為主体にはねかえってくる。

と提示している。人間が秩序を保つために引く境界線は、それそのものが不自然かつ不確実なものであり、維持することに多大な労力を費やすことになる。また境界線のなかの秩序は、他の秩序を維持する構成単位にとって良い結果を招くとは限らず、

完成した部分的な秩序が多数あることは、全体的な混乱をもたらす。計画され、意図され、合理的に設計され、厳重に管理された行為が、遠くで意図せざる結果を生み、それが予測も制御もできない破局として返ってくることがある。

のだ。部分最適はかえって全体最適を毀損するという事実は、合理的に積み上げてきた技術によって、今年の長江における豪雨・洪水といった実害を招くレベルの環境破壊・気候変動が招かれたことを考えると、非常に重たいものがある。

 アメリカと中国が、このタイミングでお互いに対立し、そして他の国々までもが中国との境界線を引きあう時代。この破局までエスカレーションしかねないような、「境界線」と「距離」問題の再来にはどういった理由が隠されているのだろうか?

 恐らくCOVID-19は、その理由の大きなところを占めるのではないだろうか。このウイルス性疾患は、グローバル化が進む現代に再び絶対的な距離を思い出させるには十分な社会的インパクトを持ち合わせている。つまり国と国との行き来はもちろんのこと、各社会の内部における移動までもが制限されるようになった。今や距離は、再び脚光を浴びることとなった。

 そしてCOVID-19対応におけるマスクや医療器材関連での中国対応の異常性が露呈したことで、各国の国民にも中国への警戒感が植え付けられたことも、各国の対応に変化が生じた起点だろう。誰しも命を脅かされることには、強い不快感を覚えるのだから。

 移動の自由性を誇り、国家間のつながりを保持する役割を担ったグローバリストでさえも、このウイルスの前には抗えないようだ。無論、この脱領域性という特性を取り戻すために、グローバリストたちはCOVID-19という直接的原因を叩くためのワクチン開発を必死になって進めているが、ワクチンが開発される頃にはある程度中国の孤立は完成されたものとなるだろう。そしてこの間に、ローカルコミュニティの在り方が、再考されるに違いない。

 よって米中対立が今後も保持される公算の高い世界において、私たちはなにを選択することができるのかが、今後の課題となるだろう。その中には気候変動など、国際的に全体最適を模索すべきものも含まれているのだが、この対立はそんな世界的課題に不吉な影を落としてしまった。ワクチン開発により再び距離がある程度問題にならない時代が再来するのかもしれないが、それでもCOVID-19という影を永遠に引きずりながら社会は営まれる。それこそ、国家間の対立のみならず、社会においても新たな混乱とそれに伴う秩序を打ち立てるために、新たな境界線が模索されることだろう。

 戦略家のリデル・ハート氏曰く、「騎士道的であることは、敵の抗戦意思を弱めさせる最も効果的な武器」であるという。この境界線だらけな社会において、せめて我々は騎士道的でなくてはならない。

第1話:「1. COVID-19:第二波が高まる最中に」はこちら
次回:「7. 同時代性が喪われたあとに残るもの」はこちら

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