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日本の外科手術レベルは世界一という話


日本の外科手術のレベルは世界一

日本の高齢化は世界でも先例のない状況に突入しており、医療費の増大、労働人材不足など様々な問題に直面している。

その中ポジティブな話題で私が注目しているのが、日本の外科医は手術が上手であるということ。日本人は手先が器用だし、なんとなく手術が上手そうな国民性だなあと薄々想像していたが、実際に日本の手術技術は世界トップであり、他国から手術の依頼や指導、講演などを依頼される日本人外科医も少なくない。


そんな中で、外科手術中に使用する医療機器のスタンダードが変わりつつある。現在は腹腔鏡手術という、お腹に細い手術道具を差しこんで、モニターを見ながら操作する術式が一般的とされており、開腹手術は稀になってきている。
その中で、特に最近ではロボット手術(ダヴィンチが有名)が様々な疾患に対して保険適応されてきている。ロボット手術とは、腹腔鏡手術のように細い手術器具を患者のお腹に差し込むまでは同じなのだが、医師は直接その手術器具にくれることなく、少し離れた操作機械(ゲームセンターのレーシングゲームみたいな大きな機械)で器具を遠隔操作する。

これにより、3次元空間立体画像を見ながら、手ブレ機能のついた手術器具で、かなり繊細な操作を可能にする。何を隠そう、ロボット手術は合併症が既存治療法より明らかに低いとわかっているのだから、使わないという選択肢はないだろう。
ダヴィンチは2012年に前立腺癌の手術で日本で初めて保険適応されて以来、腎臓がんや産婦人科系疾患、胃がんや直腸がんまで33疾患以上の手術で保険適応を広めている。

川崎重工株式会社HPより

外科手術領域ではかなり大きなビッグチェンジであるが、日本はこの大きな流れに乗り、世界一の手術先進国を維持できるのだろうか。
以下では、これまで日本がどうして世界一の手術技術を誇っていたかを解説し、それを今後も維持するために必要なアクションを書くことにする。

日本人は胃がんになりやすい

どんな仕事も結局パターン認識が大事である、というのは連続起業家の佐藤航陽さんの「未来に先回りする思考法」の中で仰っていたが、外科手術の上でもその通りと思う。
塩分は胃がんの原因となる、というのは科学的に証明されており、日本人は他国と比較して圧倒的に摂取戦分量が高い。それゆえ胃がんの発症率は韓国と共に世界水準と比してかなり高い。

厚生労働省HPより

患者が多いということは、手術の機会も多くなるので、医師は多くの経験を積み、手が勝手に動くくらい修練することができる。日本が消化器系の手術に強くなれたのはこの罹患数が関与するところは大きい。
また、アメリカでは医療が高額なため、手術を受けられないという患者も多い。日本はその心配がほとんどないため、外科医が手術したいと思ったら割と容易に手術できるのも地の利といえるだろう。

欧米人は太り過ぎている

WHO基準では、アメリカ人は30%以上が肥満である。それに比して日本人は5%以下とすくない。肥満は手術を難しくする。麻酔科医が手術のために呼吸機に繋ぐための挿管が難しかったり、腹圧が高すぎて呼吸器で十分な酸素を肺に届けられなかったり、手術自体も脂肪が邪魔してやりにくい。肥満の患者は往々にして糖尿病や冠血管疾患をもっていたりして、術後合併症も考慮しなければならず、結局手術できないという判断もよくある。欧米ではこのような理由で手術件数が減ってしまう。

局所療法と全身治療

局所療法とは、がんそのものを取り除いたり、転移したリンパ節を取り除いたりすることを指す。一方で全身治療とは、抗がん剤で全身に散らばったがんを全体的に治療しようという考えである。現在はこれらを組み合わせながら治療するのがスタンダードであるが、昔は違った。

日本は昔から「局所療法信仰」だった。胃がんが全身のあちこちに転移してしまったステージ4(がんの最終段階)を想像してみよう。日本では、この状況でもがん本体や、転移したリンパ節を取り除くことで癌が完治すると考えていたが、欧米は違った。そのため日本ではステージ4の患者に対しても手術を頻繁に行なっており、手術経験をたくさん積む結果となった。局所治療でがんが完治する、というのは間違いだったが、5年生存率などの治療成績がよくなるというのはどうやら正しかったようで、現在でのコンセンサスとなっている。
欧米は真逆で合理的に判断し、全身治療やクオリティ・オブ・ライフに焦点を当てた治療が盛んだったようだ。

日本人は職人気質である

冒頭で日本人が手先が器用という話をしたが、それに付け加えて職人気質であるように感じる。製造業界で日本製が世界一であり続ける理由として製品の質が高く、細部のこだわりを評価されている。アップルのスティーブ・ジョブスも、日本製の細部へのこだわりを高く評価しており、何度も日本に訪れていた。それは手術にも表れていると感じる。他国の手術をいくつか見学していた私から見ても、「がんが取れればいいでしょう、それよりも早く手術を終わらせよう」と必死になる医師をよく見たが、日本人でそういった手術をしていることろは見たことがない。むしろ手術を一種の芸術のように捉え、少しの出血でも必ず止血し綺麗な術野を意識しながらやっているように思う。

日本の手術現場の危機感

今までいかに日本が手術先進国に成長しかたを書いてきたが、それは現在でも順調に世界一であるか、という点においては危機感を覚える。
というのも冒頭に説明した通り、手術室の常識が、ロボット手術の出現で大きく変わろうとしており、この変化に対応できなければ簡単に手術の国際競争から離脱してしまう、と推測するから。
ロボット手術市場は2030年までに現在の6倍である600億ドルにまで広がると予測されており、保険適応が世界各国で進んでいるのを見るとこの流れは変えることはできないだろう。

余談だが、手術ロボットの製造に関しては、ダヴィンチを手がけるintuitive surgical (アメリカ)を筆頭にして、アメリカvs中国のような構図になりつつある。この中で日本は完全に出遅れてしまっている。製造業ジャパン・アズ・ナンバーワンという時代は終わったという合図の一つであることは間違いないだろう。

Nikko Asset Managementレポートより



その中で、日本の外科医はロボット手術の経験を積み、世界競争に追いつかなければならない。手術ロボットを輸入するのは高価であり、例えばダヴィンチ(Intuitive Surgical, アメリカ) というロボットは1億円以上する。それらを国内で集め、ロボット操作の経験を若い外科医がどれだけ使いこなせるようになるかが、今後の手術の国際競争力を維持する上でとても重要になる。

日本の外科医が外貨を稼ぐ時代

なぜ私がこれほどロボット手術にこだわるのか、ちゃんと理由がある。それは日本の外科医が外貨を稼げる可能性があるからだ。
このロボット手術が常識になった先の未来として、遠隔操作技術を用いて、国境を跨いで他国の患者の手術が可能になる、というか技術的にはもうできている。医療事故が起きた時の責任を誰が取るか、など法的な運用面でまだまだ課題があり普及されるのにはまだ少し時間がかかりそうだが、これも確実にくる未来である。
そうなったときに、日本の外科医の技術が依然として評価されており、世界各国から手術の依頼がくる未来を想像してほしい。
日本の外科医師は、給料が格別高いとは言えない。病院にはりついていないといけない時もあり、時給換算するとコンビニのアルバイト以下という話もある。一方で韓国では年収で5000万円、アメリカでは1億円を超えることもあるようだ。
それも、「日本の医療現場は徒弟制度、欧米は自由競争」という環境の違いが影響しているそうだ。アメリカや台湾では手術をすればするほど個人が儲かる仕組みだ。だから個人のブランドを大切にし、時にはライバルに技術を隠すこともあるような殺伐とした空気だ。
一方日本は決してそんなことはなく皆平等。たくさん手術したからといって給料があがることもないので、部下を育ててることで自分が楽できるというのもあり、若手は上司の言うことを聞いていれば上達できるだろうというゆるーい雰囲気が漂っている。

しかし、もし個人として、世界中の患者を好きな時間に好きな場所から手術して、個人的な報酬が得られる世界が来たらどうだろう。日本のベテラン外科医の給料が跳ね上がる可能性があるし、これは日本国にとっても外貨を稼ぐ絶好のチャンスではないだろうか。

日本の徒弟制度で大体の外科医がそれなりの手術をができる、という現状は変わっていくはずだ。それも、徒弟制度と自由競争を織り交ぜながら成長していくのが良いだろう。午前はベテランが若手に指導しながら、午後からはベテラン外科医がまだ医療水準のそれほど高くはない東南アジアの富裕層患者の手術をしている、なんて未来がきたら、また外科医の人気を取り戻せるのではないだろうか(外科医は、若手研修医がなりたい科ワースト1)。

外科医は個人をブランディングすべし

外科医が個人で稼げる未来がくるのを予想して、今から外科医は個人のブランディングをするべきだと思う。
週刊誌でよく「有名病院ランキング」などを見かけるが、これは前述した徒弟制度からくるものだろう。これが「有名外科医ランキング」に変わる。外科医個人の評価が、今後世界から手術の依頼をする患者目線での貴重な情報になるからだ。
もっと日本の医療にも自由競争的な雰囲気を盛り込んで、手術の国際競争で勝ち抜く外科医が大量に現れるのを期待したい。

まとめ

私は日本の手術の国際競争で負けないための活動ならなんでもやりたい。個人ブランディングをすべきと書いたが、私は日本としてこの市場で勝ち抜けたいという想いもある。そのためにこの記事で、

・日本には手術症例が豊富で地の利がある
・遠隔ロボット手術があたりまえになる
・手術ロボットの経験をたくさん積むべき
・外科医は個人ブランディングをするべき(自由競争)

ということが伝わっていただけたら嬉しい。

なお、この記事は「日本の手術はなぜ世界一なのか 手術支援ロボットが開く未来、宇山一郎著」を参考にした。


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