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ビール片手に

鰹節をふんだんに盛り付けて、細かく刻んだネギと生姜、醤油を少し滴らした冷奴を毎日食べている。とってもおいしい。たまに豆腐が崩れて醤油がぴしゃりと跳ねるので、白いシャツを着て食べないように心がけている。ここ数日のあいだに、何度洗面所へ駆け込んだことか。

今日はそれに、きゅうりを簡素に塩漬けにして切っただけのものと、梅肉に漬けた沢庵、餃子とビールという、なんとも贅沢な夕食であった。ちなみに、きゅうりも毎日買ってきている。

夜はベランダに続く窓を開けているだけで、湿ったなめらかな風が吹き込んでくる。たまに虫も混じってくるけれど、田舎だから、という理由で気になることはなかった。夜風の匂いはやっぱりいいな、と思った。梅雨の時期ではあるけれど、今年は思ったよりも晴れ間が多く、そこまで雨が気になることはない。

6月は何もしていないのに、あっという間に過ぎ去った。仕事は緩やかに進み、読書もそこまで捗ることはなかった。オンライン販売のリニューアルを行っているsiecaの準備は整って、つい先日からまた販売を開始できるようになった。少しずつ更新していくので、よかったらまた覗いてみてほしい。

イベントなども少しづつ決まってきて、秋ごろに企画している、大好きな作家を招いたサイン会にトークイベントも実現できるかもしれないので、とっても楽しみである。長野の本屋さんと共同で主催をする予定なので、お近くの方がいらっしゃればぜひ。

7月には近くのコーヒー屋にて、おいしいコーヒーの淹れ方を伝えるセミナーをすることに。9月には、甲府の一箱古本市にも出店することが決まった。我が家に眠る、庄野潤三や串田孫一、井上靖や柳田邦男などの本たちを持っていくことにしよう。


このところ、三島由紀夫について深く知りたいと思ううち、その周辺の時代観についても学んでいきたいと思うようになった。文学を軸として、そこに生きた言葉を拾い集めるように、静かにゆっくりと読み進めている。

それから小津安二郎の作品を見るようになり、昔の風景を懐かしむようになった。当時の生活を羨ましく思う反面、どうしていまの暮らしに取り入れることができないのだろうかと、ずっと疑問に抱いていた。便利になった暮らしの時代を、後退させればいいだけのことであるのに。

懐かしい時代の作品という意味では、特に気に入っている作家に室生犀星がいる。彼の詩集をひどく気に入ってしまい、もうずっと何度も読み返していた。彼の見ている風景は、自分とは違う。日常における細やかな描写、草花の見せる表情を捉える感性は、自分とは違う。

そうした彼の言葉ひとつ一つをとって考えてみると、現代に生きる私たちはきっと、便利に生きているが故に、見なくていいような部分に気づかなくなってしまったのだろう。無意識に削ぎ落とされたそれらに、見向きもしなくなってしまっていた。

そして、自分を省みる時間や、言葉そのものに向き合う時間を、何かを言い訳にして後回しにできるようになってしまった。そうした代償として得られた効率によって生きている私たちの生活には、味のしない粗末な食事と同じく、どこかに空虚な気持ちを抱いてしまうものだろう。

本と関わる機会が増えて、みずから本に積極的に関わるようになって、まだまだ知らない世界を謙虚に見つめる機会が増えるようになった。人並みに読書が好きだっただけの人間で、文學とは何かすらわからないような人間であったとしても、本と関わって生きていく愉しさを知るようになった。

そうした世界の広がりは、自分の生きてきたこれまでの歩みから、想像もできなかった方へと歩み出していく。知的好奇心は無機質な生活を満たし、新たに生まれる興味関心はまた様々な分野へと繋がっていくことだろう。或いは、どれだけ辛いことがあっても、悲しいことがあったとしても、その一応の憂愁に対して孤独を孤独のままに愛してもいいという、安堵の気持ちを支えてくれたりもする。

本は、書籍という機能だけでなく、その言葉を残したという人の生涯を含めて、私たちに多くのことを伝えてくれるのだ。

同じように室生犀星の人生も、奇天烈であり美しく、素晴らしい。生まれてすぐに両親の顔を見ることなく養子となり、小学三年生にて中退をする。給仕として働き続ける傍ら、詩や俳句、随筆などを中心に活動を続け、肺癌となって命を落とすその間際まで、闘病生活の記録さえも書き続けていた。

彼の詩集だけでなく、自伝的小説である『杏っ子』を読んでいると、そうしたきれいな美しい描写だけでなく、人の醜い、下品な部分や、三島も大事にしているエロティシズム的な要素をあっけらかんと書いてしまうのもまたいい。それら全てが分け隔てない日常であり、言葉の対象なのである。

どこか遠くを眺めるように、そうした彼の人生についてぼんやりと想像してみると、いまを生きている自分の人生についても、改めて見つめ直してみたいと思うのだ。彼の書籍が素晴らしいだけでなく、彼自身の人生そのものが素晴らしいのだろう。

6月は何もしていないのに、あっという間に過ぎ去った。けれど、彼との出会いがあっただけでもよい月だったのかもしれない。ビールを飲みながら書いていると酔いが回ってきたので、続きはまたどこかで書くことにしよう。


sieca / シエカ
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ここまで読んでくださってありがとうございます。 楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。