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酒と本の日々:ウルトラ・ハイパー・メリトクラシー社会をつきぬける

【書籍紹介:ウルトラ・ハイパー・メリトクラシー社会をつきぬける】

インディーズ系人類学者の磯野真穂さんから献本いただいた。といっても磯野さんは著者ではなく、著作の「伴走者」であったらしい。著者は勅使川原真衣さん。『「能力」の生きづらさをほぐす』。著者の名も当然知らなかったし、出版社は「どく社」というこれまた聞いたことがない出版社。なので、送ってもらわなければ一生出会わなかった本かもしれない。だがこれがめっぽうオモシロかったので、出版後も本と人の出会いに奔走する磯野さん、これぞほんまの「伴走者」である。勅使川原さんは「組織開発」の専門家である。磯野さんも見事に伴走者能力を開発されたのであろうか。

何がオモシロいて、本の構成、なんと能力社会のまっただ中に「孤児」として放り出され「能力」評価に翻弄されて悩む未来の息子娘に、霊界から俗に言う「能力開発」の専門家としての亡き母である自分が戻ってきて、自分の仏壇前でお茶を飲みながら息子娘にこの「ウルトラ・ハイパー・メリトクラシー社会」を生きる知恵を講義するのである。とんだ能力もあったものだが、実は勅使川原さんは現在乳がんで闘病中、自分の死を覚悟している。その状況にあって、人生と社会、組織に悩める若者のために死後の自分の働きを書き綴るなど、ハンパな覚悟ではない。タダモノではないな、おぬし。

現代社会では、誰もが他人から能力を評価され、それに従って人生を決められることから逃れられない。その中で多くの人が傷つき、心を病むことすらある。現代社会ではほとんどの人は組織で生計を立てる人生を受け入れざるを得ない。そうでない組織を自分でつくる側の人たちだって、一人では何もできないから組織をつくり、つくってしまった組織に振り回されながら生きることになる。(あ、オレだ・・・)

そこから早々に離脱し、別の価値観で人生を歩んでいる人もいるが、それはそれでやはり「能力」だ。だから「能力社会はダメだ」というだけではなく、外資系コンサル組織の中で能力開発事業をやりつくし、それでは、それだけではダメだと組織を飛び出して独立して、組織と個人の伴走者となることを選んだ勅使川原さんは、その時々、環境次第で株価のごとく暴落暴騰を繰り返す能力評価に、そこをつきぬける考え方と現実の組織の中の人間か関係のあり方、能力社会を生きざるを得ない個人の葛藤を持ちこたえる生き方を提示する。

これは、「あいまいさを持ちこたえる」というオープンダイアローグにも通じることだ。

この本には、結局精神療法にも通じるところがいくつもある。実際、息子さんは「発達障害を抱えた大人」に近いように設定されているようでもある。現代の発達障害にとって、社会、組織、学校の中で、この線よりあちら側は発達障害とラベルされるべき「困った人」として線引き、切断されると、こんどは残った「こちら側」の切断線側にいつのまにか「困った人」が見出される。なので今度はその人たちを「発達障害グレーゾーン」とかラベルして線引き、切断する。そうするとまた残る「こちら側」に「変な人」が見えてくる。なのでそこを線引き切断・・・を繰り返すゲームのような社会になってしまった。永遠に発達を続けられる人だけが生き残れる社会。

そんな社会からどう抜け出るか、幽霊になった勅使川原さんと一緒にため息をつきながら考える。幽霊のため息もあったかいようだ。

磯野さんのTwitterによると、出版社が弱小すぎて、まだ書店にも出回らず、amazonにもなかなか載らないらしい。でも、みなさんもあり得ない能力を発揮してなんとかゲットしてもらいたい本だ。

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