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LOOK AT ME

「社長。この案件、やっときましょうか?」

「お願い! ホント綾乃さんがいないと回らないよ」

私の日常は、理想そのものだった。

やりがいに満ち、頼りにされる仕事。
優しく見守ってくれる彼氏。
そして、どんな感情も共有できる親友。


でも、一つだけ悩みがあった。

心地良い疲労に体を弾ませ、ドアを開ける。

「!? えぇぇ、また……」

目の前に広がるのは、荒らされた部屋。
服、化粧品、食材、物という物が散らばっている。

「……この美容液、高かったのに」

一年ほど前から、時々部屋を荒らされるようになった。
愉快犯なのか、何かを盗られたことは無い。
只管に家中を引っ掻き回されている。

引っ越しても、誰かと暮らしても付き纏ってくる。
警察に見張ってもらったこともあったが、犯人は判らず終いだった。
直接的な害は無く、気にしないようにしていた。

だが、最近になって頻度が高い。
今月になって、もう三度目だ。
湧き上がる不安を抑えるのも、限界が来ていた。


「佳織、今日はありがと。ちょっと楽になった」

「ぜんぜん! いつでも言ってよ、親友でしょ!」

ショートヘアの女性は、優しく笑う。

佳織は大学の同級生で、一番の友達だ。
彼女は、どんな感情にも寄り添ってくれる。

――佳織と出会えて良かった。

喜びを噛みしめ夜道を歩いていると、背後から足音が聞こえた。
振り返ると、人影が見える。

――もしかして……

歩みを早めると、足音もピッチを上げる。
住宅街の中にある公園へ駆け込む。

――あと少し!

息が乱れるなか、必死に正気を保つ。
木々を抜けた先には、大通りに繋がる階段が。
階下には、交番が見える。

ホッと胸を撫でおろした瞬間、後頭部に衝撃が走る。
身体は段差を転げ落ち、意識は彼方へと去っていった。


光が戻ると、私はベッドに横たわっていた。

「う、うーん……」

身体を起こすと、頭に鈍い痛みが走る。

「森田さん、ご無事でよかった」

目の前の男には、見覚えがあった。
部屋が荒らされた時、相談した警察官だ。

「あの……私は一体」

「突き落とされたんです、公園の階段から」

記憶が蘇り、右手が震え出した。

「安心してください、不審者は捕まえましたから。もう部屋を荒らされることも無いです」

彼の言葉で、徐々に落ち着きを取り戻す。

「また何かあったら、いつでも言ってください」

彼は病室を出ていった。

張り詰めていた糸が一気に緩んでいく。
交代で浮かんできたのは、仕事への情熱だった。


幸いにも大きな外傷は無く、直ぐに退院できた。
皆の笑顔を想像しながら、オフィスのドアを開ける。

だが、そこに描いた未来は無かった。

「綾乃さーん、無事でよかった」

彼らの言葉は無味で、表情もぎこちなかった。
急な変化に戸惑っていると、背後に気配を感じる。

「綾乃さん、ちょっといいかな?」

Tシャツ姿の社長が立っていた。
彼の示すがまま、会議室に入る。

「ご心配をお掛けしてすみません!もう大丈夫なので!」

社長の顔は冷たい。

「いや、いいんだ。……あのさ、来月からもう来なくて良いよ」

「え……、ど、どうして?」

「綾乃さんの顧客から連絡があったんだ、契約を打ち切りたいって。
成果が出ない人を雇うほど、うちも余裕はなくてさ……」

「そ、そんな……」


気が付くと、会社を飛び出していた。
向かっていたのは、彼氏の家。
早く確認したかった、自分の居場所を。

不動産会社勤務の彼は、今日は休みのはず。
期待を胸にホームを登りきると、改札奥に彼の姿が。

名前を呼ぼうとするが、声は口先で止まる。
彼の隣には、見知らぬ人がいた。
私より綺麗で若々しい女性が。

言葉を失った私は、慌てて踵を返す。


自宅への道を、綱渡りの様にふらふらと歩く。
公園を抜けると、ポケットのスマホが震えた。
画面には、『涼子』の文字が。

「どうしたの? 何度も電話して」

「……涼子。私どうしよう……」

「落ち着いて、何があったの?」

私は一部始終を彼女に話した。

「……大変だったのね。

でも、いい薬になったんじゃない?」

「え?」

「だって、ずっと無理したでしょ? 正直、見てられなかったのよ」

「何で、何で涼子までそんなこと……!」

手からスマホが零れ落ちる。

身体を引き摺って家に着くと、そのまま気を失った。


物音で目を覚ますと、部屋は荒れ果てていた。

「……何で?」

「ふっ、ようやくお目覚めね……」

反射的に頭が動く。
その先には、女性が立っていた。
髪はボサボサで酷く暗い顔をしている。

「だ、誰!?」

女は不敵に笑う。

「覚えてないの? さすが偽善者ね」

女の言葉に、マグマの様な感情が湧き上がる

「どこがよ! 私は心から皆に幸せに……」

「違う、あんたは利用してただけ。
気持ちよかったんでしょ? 周囲の幸せを願う自分が。
あんなに気を振り撒いてたもんね、自分を見て欲しくて……」

「そんなこと……ない」

「でもね、そんなのお見通し。
わかったでしょ? 心からあんたを慕う人なんていないって」

「うるさい!あんたに何が……」

女は音もなく近づいてきて、私の首を掴む。

「……わかるわよ。
だって私は、あんたなんだから」

首筋に、経験したことのない圧が加わる。
必死に藻掻くが、女の手は離れない。

薄れゆく意識のなか、ウォールミラーが視界に入る。


そこに映っていたのは、目の前にいる女だった。



#2000字のホラー

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