犀の角

先日、投稿した「死ぬほど嫌でした」という記事が大きな反響を呼びました。

日本テレビ系で放送された連続ドラマ『セクシー田中さん』原作者の芦原妃名子さんの訃報に触れて、『海猿』をめぐる僕自身の経験を語る内容でした。

その中で映画主演俳優との初対面の印象について、「嫌なヤツだと思いました」と書きました。
それに対し、俳優の伊藤英明さんが自身のインスタグラムを更新し、記事について言及しました。

「記事を読みました。
『海猿』は僕にとって一生の財産です。
(中略)
約20年前、現場に出向いて下さり佐藤先生に頂いた原画を今も大切にしています。撮影に携わった全員で過ごした時間も作品も自分の宝物です。」

thehideakiitoインスタグラムより引用


伊藤さんの大人な対応に、自分の未熟さを恥じ入るばかりです。

ところで、イラストに書かれた日付を見ると2005年となっています。
僕が撮影現場を訪れたのは2012年(もしくは2011年?)の一度きりです。
2005年に伊藤さんが会ったという「佐藤先生」とは、一体誰だったのでしょうか。



さて、芦原さんの訃報に触れ、引き続き多くの漫画家が様々な声を上げています。
小学館もようやく人間らしい声明を出しました。

作家の皆様 読者の皆様 関係者の皆様へ」

僕は彼らだけが悪いとは思いません。



10年ほど前、僕は「電書バト」という電子書籍の取次サービスを始めました。
サービス概要は下記。

電書バトは、作家さまの大切な作品をお預かりし数十カ所の電子書籍ストアで配信・販売のお手伝いするサービスです。
書店との個別販売契約など複雑な手続きはすべて当社が一括して行いますので、
作家さまは作品データと簡単な諸情報をご用意いただくだけで、様々なサイトへ作品を販売することができます。
作家ロイヤリティは各ストアの売り上げから事務手数料を差し引いた全額をお支払いいたします。

電書バトHPより

電子書籍時代にあって、漫画家は出版社に頼らずとも作品を販売することができます。
そうは言っても、実際にどうすれば配信できるかを知る漫画家は多くいません。
出版社との契約もあるし、電子書籍データの作り方が分からない人が大半です。

そんな問題を解決するために電書バトを作りました。


漫画家と出版社の関係は対等ではありません。
「出版社>漫画家」です。
出版社と関わった瞬間から、漫画家は作品を自由に動かせなくなります。
お金と引き換えに契約によって縛られます。
作品を自身で電子出版することはできず、映像化も出版社を通さなくては受けられません。
それが現実です。

僕はこの関係に不満を持っていました。
漫画家が主体となった作品の発信、マネタイズを可能にしたいと考えました。
それができない限り、不平等条約を受け入れるしかないのだと。


2012年、「ブラックジャックによろしく」の二次利用フリー化をしました。
作品を商用・非商用の区別なく、事前の承諾を得ることなく無償で複製し、二次利用(外国語版、パロディ、アニメ化、音声化、小説化、映画化、商品化など)をすることを可能としました。
版権、その他あらゆる権利は出版社から引き上げました。
そして、作品のデジタルデータを作成し無償で配布しました。

フリー化の結果、「ブラックジャックによろしく」は日本中の電子書籍ストアで無料配信されました。
その後、多くの電子書籍ストアから「『他の著作も電子書籍配信させてほしい」という連絡を受けました。
その一つひとつと交渉し、各作品の配信契約を結びました。
こちらも出版社との契約は整理してありました。
こうして僕の作品は出版社を介さず、日本のほぼすべての電子書籍ストアで配信されることとなりました。

その頃、友人の漫画家から「自力で作品の電子書籍配信をしたい」と相談を受けました。
ついでに彼の作品を電子書籍ストアに取り次ぐことにしました。
締結済みの各ストアとの配信契約を基本として、僕以外の漫画家の作品を取り次げるよう覚書を締結しました。
友人の作品は他にも権利者(原案者)がいたため、その整理に協力しました。
漫画家が作品を包括的に運用できるよう契約書を作りました。

その経緯をブログで公表すると、複数の漫画家から取次依頼がありました。
全員に会い、作品の状況を確認しました。
作品のデジタルデータを持っている人もいれば、紙単行本しかないという人もいました。
出版社との契約が残っていた場合、整理の方法を伝えました。
契約不更新通知書の雛形を作り、出版社への連絡方法や内容証明の書き方を説明しました。

作品データがない場合には作りました。
やることは分かっています。
紙書籍を裁断してスキャンして面付け→傾き調整→二値化→ゴミ取り→画像修正→テキスト修正→書き出し→デザインページの合成→リネーム。
デザインは事前にデザイナーに発注。
データが完成したら、書誌(タイトルや紹介文、価格などをまとめた作品情報)を作成して各電子書籍ストアに納品。
配信が開始されたら売り上げ管理。
ストアから毎月届く明細を整理して各漫画家、作品ごとのロイヤリティをまとめて個別に報告。
そして、実際の振込作業。

正式にサービス化し、「電書バト」が誕生しました。

次第に取次量が増え、取次業務担当チーム、電子書籍データ制作チームとも増員しました。
経理作業を手作業で行うことは限界を迎え、システムを導入しました。
そのシステムがポンコツだったのは誤算でしたが。

初期の電書バトは駆け込み寺でした。
問い合わせをくれる漫画家は、出版社との関係に疑問を感じたり苦しんでいる人たちでした。
トラブルがネットニュースになった漫画家に何人も会いました。

同業他社も増えてきました。
電子書籍黎明期にあって怪しい中間業者が蠢いていました。(今もですが)
ロイヤリティの支払いを怠ったり、明細を偽造して漫画家を騙す業者までいました。
作家のロイヤリティを担保にお金の貸し借りをしている業者もいました。
僕は相談を受けるたびに不正の痕跡を探し、契約違反を指摘しては解約と清算へ繋げました。

しかし、トラブルがない漫画家にこそ使ってもらわなくてはインフラとはなりません。
時間が必要です。
1年目は赤字でした。
2年目も赤字でした。
3年目も4年目も5年目も赤字でした。

サービス利用料はかかりません。
電子書籍データの制作費は無料です。
作品の売り上げに応じた取次手数料をもらいます。
出版社経由で配信するよりも安い手数料じゃないと意味がありません。

従業員が増えればトラブルも増えます。
就業時間中、ずっとネットの閲覧を楽しんでいる社員もいれば、会社に来なくなる社員もいました。
ある朝、メールボックスを開いたら、「昨日で会社を辞めます(ました?)」という連絡が届いていたこともありました。

経理担当者が退職した際は、2年間、僕が経理の実務を担当しました。
数百名分のロイヤリティを計算していました。
地道です。
おかげさまでエクセルの基本操作はマスターしました。
ついでにポンコツだった経理システムを入れ替えました。


そうです。
気がつけば電書バトの利用作家は数百名になっていました。

10年続けました。
今、僕は優秀な社員に囲まれています。
運営はすでに黒字化しています。

芦原さんの訃報に触れ、多くの漫画家が声を上げています。

それはきっと良いことです。
もっと良くすることもできるはずです。

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