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VTSが好きすぎてスキップで進んでたら、原っぱに来てた<後編>

勢いで、VTSワークショップを主催することになったわたし。

まずは企画書からということで、改めて土台となる理論やその効果を調べまくっていたら改めて思った。

「VTS、めっちゃ深いな!アート鑑賞してるだけなのに!!」

すごいすごいと思いながら時間を費やして調べた結果、自分の言葉でその面白さや深さを説明できるようになった。
そうしたら、自分が見る様々なことがVTSとつながって広がるようになった。新しいメガネをゲットして、それを通して見ているような気持ち。

とくに、「正解がない中で、自分なりの答えをみつける」というVTSの大きなテーマは、VUCAといわれるこの世界に、とてもリンクした。
そうしたら、コラボの機会がどんどん出てくる。
とことん好きなもの(わたしはタネと言っている)を観察すると、そのあと咲く花にいろんな可能性が生まれるんだなあと思った。

企画書が無事通り、パワポをいっそいで作って大学生を対象に1回目のワークショップを開催したのがだいたい2か月前。

主催してみて、思った。VTSって可能性無限大だなあと。

わたしが可能性を感じるVTSのすごいところを、いくつかご紹介。

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① 唯一無二の、その1回
ワークショップで生まれる解釈は、唯一無二。
他者の解釈を聴いて自分の解釈もアップデートされるし、新たな発見がある。この、その場に集まったメンバーの間で起こる化学反応を、再現することはできない。

② 深いのに、重くない、押し付けない。主役は自分
VTSをやって何を感じるか/受け取るかは自分次第。
そもそも学びって、強制されるものではないよねと思った。

③ 意見が変わったっていいじゃない。アップデートだよね
誰かの解釈を聴いてからまたアート作品に向き合ったとき、さっきの自分とちがうことを感じたって、それを言葉にしたっていいじゃない。
それは否定されることじゃない。

④ 否定せず、否定されず「わたしはこう思う」が言える時間
わたしはこう思うって、他者に発信するのはとても勇気がいること。
「ほかの人と全然違う考えだったらどうしよう」
「あの人とちがう意見言うの気まずいなあ」
その点、VTSは、アート作品を間に介してコミュニケーションするからとっても気が楽。作品への自分なりの解釈を言っていくだけ。
わたしはわたし、あなたはあなた。
そもそも正解がないアート、みんな違うのは当たり前だよねってなる。

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そんなVTS、予想外の広がりを見せている。
全国の中高生にお届けできるかも。なんてこと!

わたしがいま見えている景色は、原っぱ。
遠くまで広がっていて、風通しが良くて気持ちがよくて、でも先は見えないし進む方向も決まっていない。好きなところに駆け出していくところ。

この原っぱの向こうに今度はどんな景色が待っているのかとっても楽しみ!

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