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①「ご飯論法」はどのように生まれたのか

質問に対して、論点をずらした答弁をする「ご飯論法」が、ふたたび注目を集めています。はじめは国会における加藤勝信厚生労働相(当時)の答弁を譬(たと)えたものでしたが、現在では、首相官邸の内閣官房長官記者会見に場を移して、加藤官房長官が記者の質問に答えるさいに、同様の論法がくり返し用いられているからです。
そもそも「ご飯論法」とは何なのか。そして、それはどのような過程を経て名付けられ、これほど多くの人々が使うようになったのでしょう。「ご飯論法」の発案者である『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』の著者・上西充子教授に訊きました。

国会をみようカバー帯72

論点ずらしを伝えるための試行錯誤

──まず、「ご飯論法」の発案者は上西さんですが、その名付け親はブロガーの紙屋高雪さんです。改めて経緯について教えてください。

 「ご飯論法」は、わたしが2018年の働き方改革の国会審議における加藤勝信厚生労働大臣(当時)の論点ずらしの答弁の問題を広く知ってもらいたくて、5月6日に下記のように朝ごはんをめぐるやりとりに譬えて、3回に分けてツイートしたのが発端です。

Q「朝ごはんは食べなかったんですか?」
A「ご飯は食べませんでした(パンは食べましたが、それは黙っておきます)」
Q「何も食べなかったんですね?」
A「何も、と聞かれましても、どこまでを食事の範囲に入れるかは、必ずしも明確ではありませんので……」
Q「では、何か食べたんですか?」
A「お尋ねの趣旨が必ずしもわかりませんが、一般論で申し上げますと、朝食を摂る、というのは健康のために大切であります」
Q「いや、一般論を伺っているんじゃないんです。あなたが昨日、朝ごはんを食べたかどうかが、問題なんですよ」
A「ですから……」
Q「じゃあ、聞き方を変えましょう。ご飯、白米ですね、それは食べましたか」
A「そのように一つ一つのお尋ねにこたえていくことになりますと、私の食生活をすべて開示しなければならないことになりますので、それはさすがに、そこまでお答えすることは、大臣としての業務に支障をきたしますので」

 この冒頭のツイートに1日で1000を超えるリツイートがあり、それを受けて、実際の国会質疑と対応させてヤフーの記事(Yahoo!ニュース 個人)を翌日に書いてみました。そうしたところ、ブロガーの紙屋高雪さんがツイートでその記事を紹介しながら「この『ご飯論法』」と言及したのです。こうして「ご飯論法」という言葉が生まれた次第です。

 実は同年2月の段階から、誠実そうに見せながら、わざと噛み合わない答弁をおこなう加藤大臣の姿勢には問題意識を持っており、それを広くわかってもらいたいと思って、どう譬えればうまく伝わるのか、考えていたんです。

 2月のはじめに、働き方改革の国会審議で安倍晋三首相(当時)が言及した裁量労働制のデータの比較がおかしいとわたしが指摘し、それが国会で取りあげられたのですが、安倍首相や加藤大臣は問題を認めようとせずに話を逸らしつづけていたわけです。
 そこで、2月13日に、

安倍首相と加藤大臣がやってることって、「消防署のほうから来ました」みたいな答弁です。比喩的に言えば。

 とツイートしてみたんですが、これだと伝えきれない。問題の本質は、問われたことに答えずに論点をずらすことにあるからです。そのため、会話で示すことが必要だと思って、そのあともずっと考えていました。

 2月14日には安倍首相が裁量労働制のデータの比較をめぐる答弁を撤回し、2月19日には加藤大臣が不適切な比較をおこなっていたことを国会で「深くおわび」し、2月28日の深夜には裁量労働制の拡大が法案から削除されるという異例の事態が展開していました。

 けれども、この2月19日の衆議院予算委員会における加藤大臣の「おわび」がまた問題で。「深くおわび」と言いながら、その内容をよく見ると、本質的な部分については謝罪しないまま、あたかも謝罪したかのように見せかけていたんです。「おわび」そのものにまで論点ずらしがあったのです。

 その問題をヤフーの連載記事の中でなんとかわかりやすく説明できないかと頭をひねっているうちに思いついたのが、冒頭に示した5月6日の「朝ごはん」のツイートだったのです。似たものは一度、4月6日にツイートしているのですが、より会話を長くして、あくまで話を逸らしつづける様子を際立たせてみたのです。

 それが「ご飯論法」が生まれる直接の契機です。
 大事な法改正の国会審議のなかで、野党が指摘する問題点に政府が向き合わずに論点をずらした答弁を続けている。その問題を広く知ってもらうには、わかりやすい会話に譬えて、その論点ずらしの構造を示すことが有効だと考えたのです。


「ご飯論法」の名付け親を調べる

──一日で1000のリツイートがあるなんて、すごい反応でしたね。

 5月6日に「朝ごはん」をめぐるやりとりに譬えてツイートしたときには、すぐに反響があって、こういうふうにしたら話のごまかしがよく伝わるんだなと手応えを感じました。それで翌日に、実際の国会での答弁とのつながりを示すために、ヤフーの記事を書いたんです。ツイートと国会のやりとりとを呼応させて。

 すると、それを見たブロガーの紙屋さんが、「この『ご飯論法』を初めて森友問題で聞いたとき足元が崩壊する感覚に襲われた」とツイートしていらした。ただし、その時点では、わたしは紙屋さんのツイートを見てないんです。讚良(さらら)さんという方が、「ご飯論法」と言及してくれているのを見て、「これ、いいな」と思って、「#ご飯論法」というハッシュタグを付けて広げました。

 5月16 日には、西村智奈美議員が衆議院厚生労働委員会で、「これ、典型的なご飯論法じゃないですか」と発言したことを、インドア派キャンパーさんが、ツイッターで映像を切り出して教えてくれました。そこで、これはメジャーになる可能性があるなと思って、わたしが勝手にどこかから採ってきたものを自分が名付けたかのように言ってはまずいと思ったので、讚良さんに訊ねてみたところ、命名したのは自分じゃないとおっしゃる。さらに調べたら、紙屋さんが命名者だということがわかったので、ご本人に確認して、ヤフーの記事に訂正と註釈を書きました。


2018年の新語・流行語大賞トップテンに

――それから「ご飯論法」は知名度を上げ、論点ずらしの代名詞になっていきます。

 マスコミで最初に取りあげてくれたのは、毎日新聞デジタルですね。国会審議中の5月27日に、統合デジタル取材センターの和田浩幸記者が紹介してくれました。

 それから徐々に「ご飯論法」が取りあげられるようになって、年末の新語・流行語大賞にノミネートされたときには、テレビでも取りあげられ、ある程度知られるようになった。トップテンに選ばれ、わたしに受賞の打診が来たので、命名者は紙屋さんだからと言って共同受賞にしてもらったんです。

 その後、テレビやラジオ、新聞、雑誌などで取りあげられていきましたが、「ご飯論法」について、「ご飯は食べてない。パンは食べたけど」という論法などと説明されて、正しく紹介してもらえないことにはもどかしい思いもありました。「パンは食べた」とは絶対に言わないのが「ご飯論法」だからです。


*次回は「『ご飯論法』によって隠されていること」です。

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