マガジンのカバー画像

海路歴程/花村萬月

23
精力的に執筆を続ける著者があたためていた構想がついに実を結ぶ! 水運国家としてのこの国の歴史をひもとく大河ロマン。
運営しているクリエイター

2024年4月の記事一覧

海路歴程 第八回<下>/花村萬月

.    *  未来永劫晴れていることは、自然天然には有り得ない。  貞親にとって自然天然とは、人の思惑など一切頓着しない超越だ。善悪とは完全に無関係だ。  いや、自然は悪だ。  だからこそ美しい。胸を打つ。  洋上は不穏に充ちて、うねる。  貞親は溜息を呑みこんで、乱れに乱れた波に隠された規則性を見抜こうと、意識を海に集中させる。  晴れて凪いでいるときは、世界は穏やかに整然と動いているかに見える。けれど、こうして乱れはじめると混沌の乱舞で貞親を翻弄しはじめる。  一定の

海路歴程 第八回<上>/花村萬月

.    *  太閤秀吉の時代、海商は武士や豪族が多かった。越前敦賀などは、とりわけ顕著だったようだ。  遠い智識として、それらを漠然と知っている貞親は、ひょっとしたら船頭は、本当に甲斐武田氏の出かもしれないと思うようになっていた。ただし貞親は甲州には海がないことを知らない。  甲斐武田氏の出かどうかはともかく、船頭には曰く言い難い鬱屈がある。酒を浴びるように呑むことや、理不尽な暴力の背後に、抑えようのない怒りと怨みがあるような気がするのだ。  半泣きの爨が声をあげる。