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海路歴程/花村萬月

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精力的に執筆を続ける著者があたためていた構想がついに実を結ぶ! 水運国家としてのこの国の歴史をひもとく大河ロマン。
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2024年3月の記事一覧

海路歴程 第七回<下>/花村萬月

.    *  前夜の吹雪はおさまったが、黒灰色の空から雪が思いだしたように落ちてくる。海面は小刻みに乱れているが、波高はたいしたことがない。  巴湊を出るとき船頭が進行方向右に顎をしゃくったので、行き先もわからぬまま貞親は操船の指図をし、舳を北海こと日本海に向けた。潮の加減から、龍飛崎を掠めて抜けることにした。  貞親は船首に立って進行方向を凝視している。揃って並んで白い息を吐きながら湊で見送りに立っていたアイヌたちの眼差しを反芻する。  和人でも船頭のような奴がいる。

海路歴程 第七回<上>/花村萬月

.    09  嫌な男だ。  誰も船頭の近くに寄りたがらない。  けれど船という閉鎖環境では、海に出てしまえば常にいっしょにいなければならない。命令をきかなければならない。ねちっこい厭味を浴びなくてはならない。無意味に罵倒されることに耐えなくてはならない。理由もなく殴られなければならない。  甲斐武田氏につながると言い張り、兜に当たる陽射しをあらわす甲陽を船名に戴いているが、甲陽丸の周囲には勇ましいものも輝かしいものも一切ない。  それでも皆が船頭から離れない理由は、徳用