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. * 六郎は、この航海でいきなり背丈が伸びたような気分だ。 水には記憶がないが、六郎にはある。六郎の頭の中には陸地の様子だけでなく、海の色がしっかり刻まれていた。 堺湊を発って瀬戸内を抜け、下関を経て本州をぐるっと回るかたちで能登の半島を迂回するあたりまでは、海の底は浅い。かなりの距離だが、多少の色合いの違いはあれど、共通した青みが拡がっていた。 けれど能登禄剛崎沖の難所を抜けて北に進むと、海は色味を深く濃いものに変えた。じっと見つめていると、おいで、おいで
. *07〈承前〉 地蔵菩薩の加護か、凪が続いていた。風向きもよく、方正丸は鏡の上を滑るかのように距離を稼いでいく。 航洋船ではない方正丸に、外洋を航行する能力はない。ゆえに常に陸地を右手に見ながら航海する。北に流れる対馬海流と南からの風が柔らかく、けれど力強く後押ししてくれている。 穏やかに風を孕む帆を見あげ、いよいよ草臥れてきたなあ──と梶前の参三は胸中で独りごち、眉を顰めた。兄貴分の俊資と共に操船の実際をまかされている参三にとって、気分のよいものではない