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エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【第3回】「近所を再発見」フェア

お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。
テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!

いか文庫スタッフの店主とバイトちゃんが、理想のブックフェア開催を目指してミーティングを重ねる本連載。

第3回のフェアのテーマは「近所を再発見」です。

遠出の計画もなかなか立てづらい今、目を向けるべきは気軽に楽しめるご近所! 

これまでとは一味違う、新しい近場の楽しみ方をご紹介します。


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いか文庫 ◆ 本と本屋が好きな店主と、イカが好きなバイトちゃん(ベトナム支社)、バイトぱん(東京支社)、バイトもりもり(関西支社)、バイトいも(イギリス支社)の計5名で活動中のエア本屋さん。


バイトちゃん(以下、ちゃん) ついに日本とベトナムが、渡航制限解除に向けて動き出しましたね! この数ヶ月、店主はどんな風に過ごしていましたか? 

店主 長かったね! 私もリアル職場の本屋が一ヶ月半休業していて在宅勤務だったから、緊急事態宣言の期間中は、たまに出勤する以外電車に乗らなかったよ。出かけるのも、散歩と数日に一回の日用品の買い物くらい。

ちゃん こちらは公共交通機関もストップしていたので、もちろん街には出られないし、散歩やジョギングすらNG。

店主 散歩もダメなのはきついね……。私は人がいない早朝に出るようにしてた。バイトちゃんは、家で何をしていたの?

ちゃん 私は二歳の娘と映画を観たり、本を読んだり、お風呂でプール遊びしたりの日々でした。お菓子作りもしてみたんですけど、慣れないことはするもんじゃないですね。上手く作れなくて、外で美味しいお菓子を食べながらコーヒーを飲みたい! と何度思ったことか……。

店主 私も自炊してるけど、外で食べるものってやっぱり美味しいよね。

ちゃん 本当にそう思いました。あと、友達とお茶をすることが息抜きになっていたんだなとも。最近店主にオススメされた漫画『カフェでカフィを』を読んだから、余計にそう感じるのかもですが。

店主 あの短編集いいよね! 自分の異変に誰も気づいてくれないことに苛立った女の子が、あえて眉毛を変な形に描いてカフェに行くっていう一話目から好き!

ちゃん 家でお茶する方が簡単だけど、そこに集う人々の空気を感じられる場所で飲むコーヒーは、それはそれで特別だったんだなぁってあの作品で気づきました。カフェだけでなく、ファミレスのドリンクバーを何度もおかわりしながら延々と会話を続ける人たちの話、公民館の談話室で飲むお茶、あと、自販機と、その中に入っている缶コーヒーが、街ゆく人たちの人間模様を見守りながらお喋りする話もあって!

店主 それもいいよねぇ! カフェという場所だけじゃなく、いろんな人たちのいろんなシーンのカフィの物語だから、自粛が続く環境でいかに楽しむか? っていうのを考えるきっかけにもなるなと思ったよ。

ちゃん たしかに! 友達とオンラインお茶会とか、庭に出るとか、自分が寛げるシチュエーションとホッとする一杯があれば、どこでもカフェになるのかも。

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『カフェでカフィを』1〜3 集英社クリエイティブ 本体690円+税



店主 うんうん。あと、ベランダで一息つくお話もあって、それで思い出したのがこれ。『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』です。

ちゃん チェアリング! 聞いたことはあるけど、体験したことがなくて。どんなものですか?

店主 椅子と酒とつまみを持って外に出て、好きな場所に座って楽しむ、それだけ! お手軽! 遠出はできないけどベランダでやってみる事例も載ってたから、私もさっそくやってみたの。

ちゃん ピクニックとはまた違う感覚で楽しそう!

店主 びっくりするくらい楽しかった! 一人なのに! 椅子の座り心地もいいし、本に倣っておつまみを選ぶのも楽しいし。ベランダとはいえ、外を見渡しながらぼーっとする時間の優雅なこと。近所の公園でもよさそうだし、川沿いもいいなとか、誰を誘おうかとか、夢が広がったよ。

チェアリング

チェアリング中の店主がベランダから見た青空。


ちゃん なんのイカのつまみを並べようかなぁ……やっぱり酢イカかな……日本酒が合うな……はっ! 浸ってしまった!

店主 (笑)。チェアリングを始めた著者、パリッコさんとスズキナオさんも、二人でいるのに沈黙しちゃうときも含めて、いい時間だって言ってるよ。

ちゃん 路上にお風呂場で使うような椅子を並べて、氷を入れたビールを飲むのがベトナムのよくある風景なのですが、それもチェアリング?

店主 うん! 椅子ならなんでもOKという寛容さもあるのが、チェアリングだから! 


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ベトナム・路上の焼き鳥屋さんで憩う人々。


チェアリング入門

『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』Pヴァイン
本体1580円+税


店主 あとね、身近なものに目を向けるっていうことから連想したのがこの本、『暗渠パラダイス!』です。

ちゃん 次の帰国時に買う予定です!

店主 お! やっぱり? いか文庫は前に、この著者さんたちと一緒にフェアをやったこともあったもんね。

ちゃん もともと川があった場所や、蓋をかぶせたりした水路のことを「暗渠」って言うんですよね。その存在を知ってからは、地図を見る行為がただの作業ではなくなって、道を歩くときも地面の下を想像できるようになりました。

店主 同じく! 私が最近散歩している道もまさに暗渠=緑道で、ここは川だったんだなって思いを馳せて歩けるんだ。

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もともとは川だった、ゆるやかにうねる緑道。

店主 著者のお二人は常日頃から地図を片手に暗渠のことを考えているそうなんだけど、私が特に心惹かれたのが、ボサノバミュージシャン、ジョアン・ジルベルトの生涯と暗渠を組み合わせた独自の楽しみ方。暗渠の出発点と終着点をジョアンの一生と見立てて、初めてギターを手にした年、ヒット曲を出した年、来日した年などを暗渠沿いのポイントと照らし合わせて解説していくんだけど、その気付きの意外な面白さがたまらないの!

ちゃん ますます読みたい!

店主 遠くに行けない今、近所をイカに味わうか? を教えてくれる意味でも、この本は絶対おすすめしたい本です。

ちゃん すごくいいと思います!

暗渠パラダイス

『暗渠パラダイス!』朝日新聞出版 本体1800円+税


店主 あともう一冊、作家・椎名誠さんの自伝的小説『白い手』も。この物語、高校生のときに映画から知ったんだけど、最近再読して、今読むのにもいいなと思ったんだ。昭和三十年のとある街で暮らす、小五の主人公と同級生たちとの物語。ある日、通学路にある立派な家の窓から色白の手だけが外に出ているのに気がついて……っていうエピソードが印象的なんだけれど、それが今の生活にちょっと重なるような気もしてね。

ちゃん 時代はずいぶん変わってしまっているけれど、どんなところが?

店主 その手が、病気で外に出られない女の子の手だってことが後でわかるんだけど、ハーモニカを吹いてあげるとリズムに合わせてひらひら漂うの。そのシーンを想像して、家にいる時間が長いこんな状況でも、ほんの小さな楽しみがあるだけで、明るい気持ちになれるよなって思えたんだ。

ちゃん 女の子は、家の中から外の世界を体験するんですね。

店主 そうなの。それに、少年たちも毎日が冒険と挑戦の日々でね。テレビがまだ全家庭にはなかったから、どうやってプロレス中継を見るか? の作戦を立てたり、廃屋で度胸試しをしたり、学芸会の練習や学級新聞作りに励んだり……。自分たちが住む街から一歩も出ないのに、とにかく生き生きしていて驚くよ。現代はインターネットで仮想の遠出だってできるけれど、少年たちのような目線で日常を満喫するのもいいなって思える。

白い手

『白い手』 集英社文庫 本体419円+税

ちゃん うちの娘は、ベランダとお風呂場で十分満足していたもんなぁ。

店主 少年たちよりさらに狭い世界! でも楽しそうな姿を見ていると、幸せな気持ちになるよね。というわけで今回のフェアは、「身近な楽しみを見つけられる本」と題して、自分の近所の魅力を再発見できるようなフェアにしようかと!

ちゃん 賛成です!

店主 お客さまにもこの時期だからこそ見つけた「身近な楽しみ」と、それに合う本を教えてもらう、参加型のオンラインイベントを開催するのはどう?

ちゃん イカしてる! やりましょう!


※本記事は『小説すばる』2020年6・7月合併号掲載分です。第四回は『小説すばる』2020年8月号誌面にて掲載予定です。(http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/)

#いか文庫 #ブックフェア #選書 #小説すばる



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