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エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【第11回】本で春を感じよう「花」フェア

お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。

テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!

第11回のフェアのテーマは「花」です。

いか文庫中

いか文庫 ◆ 商品もお店も無いけれど、毎日どこかで開店している「エア本屋」。店主(リアルでも書店員)と、イカ好きなバイトちゃん(ベトナム在住)、ほか3名とで、WEB、テレビなどで活動中。

店主 東京はここ数日、春だな〜って思うあたたかい日が続いているんだけど、ベトナムはどうですか?

バイトちゃん(以下、ちゃん) ベトナムはあたたかいを通り越して、暑いです! 日本の春のぽかぽかな感じがなつかしいなぁ。

店主 予想はしてたけど、やっぱり! 私の通勤途中にある植物のお店も、ここ何日か花が増えてきてね。そこからも春を感じてます。

ちゃん いいですねぇ。ベトナムの路上には自転車の後ろに旬の花を積んだ花売りがいて、そのラインナップで季節を感じられます。

店主 (写真を見る)わぁ! なんてかわいい花売りさん!

ちゃん 6月頃にハスの花を積んだ自転車があちこちに現れるんですけど、それが私の大好きな風景です。

店主 季節を花で知るって、いいねぇ。あ、じゃあ次のフェア、「春」をテーマにしようと思ってたんだけど、「花」に変えようかな。どうだろう?

ちゃん そうしましょう! 花にまつわる本、何かおすすめはありますか?

店主 パッと思いついたのが、海野弘さんの『ヨーロッパの図像 花の美術と物語』。美術史における「花」に注目して、様々な作品を紹介した本だよ。

花の美術と物語

『ヨーロッパの図像 花の美術と物語』海野弘(PIE International)

ちゃん 美術史における花かぁ。西洋の絵画には昔からたくさんの花が描かれていますもんね。バラが多そうなイメージがありますが、いろんな花が登場するんですか?

店主 うん、バラだけじゃなく、チューリップやアネモネ、パンジーなどなど、とにかくたくさんの種類が全ページカラーで載っていて、まさに満開! しかも、ボタニカルアートのような花だけの絵もあれば、花と妖精の絵や、花を用いた文様、本の装丁にデザインされた花模様、ミュシャみたいに女性と花の絵を組み合わせたデザイン……あと、物語の絵に使われている花の意味を解いたりもしていて、ずっと見続けていても飽きないんだ。

ちゃん この間、子供の学校のイベントで保護者が絵を描く機会があったのですが、私が描いた花の絵と、欧米人の親が描く花の絵が全然違ったんです。身近に咲いている花や、見てきた花模様や美術品が違うからなのかな。気になります!

店主 19世紀後半は、ヨーロッパでジャポニスムが起こって、日本の花を描くのがブームになったそうなんだ。そういうことも学べる本です。

ちゃん 日本の花といえば、私は最近、店主が気になると言っていた、吉屋信子さんの『花物語』を読みました。

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『花物語 上』吉屋信子(河出文庫)

店主 おぉ! 大正から昭和の乙女たちを魅了した、少女小説の元祖だね。どうだった?

ちゃん 大正時代の女学校が舞台の短編集なんですよね。どれも、少女と花を題材にしていて、鈴蘭、月見草、白萩、野菊……と、まだまだあるのですが、どの花もそれぞれの物語で印象的に登場する。私が特に好きだったのは、外国に長く住んでいた女性が、女学生たちの宿舎を訪れる緋桃の花のエピソードでした。

店主 「ひもも」って、初めて聞いた。私はまだ読んでないんだけど、どんなお話なの?

ちゃん 緋桃は、赤に近いピンク色の桃の花です。日本へ帰国した女性が学校側から歓迎を受け、宿舎をあちこち見てまわるのですが、きれいに整えられた部屋には何も心に留まるものがないんです。そんな中、とある女学生の倉庫のような部屋に入ると、机の上に一枝の緋桃の花が咲いていて、その奥ゆかしさに魅せられて……というお話です。桃って古風な花だと思うのですが、それを部屋に飾っていた女学生の慎ましさ。それに魅了された女性の様子が美しい文章で綴られていて、緋桃の花が鮮明に浮かび上がるようでした。

店主 華やかな花束もすごく気持ちが上がるけど、静かな風景にそっと一輪ある花も、いいねぇ。あ、それで思い出した本があるよ。稲垣栄洋さんの『花は自分を誰ともくらべない』。植物学者の目から見た、花がどんな工夫をして生き抜いているか? を、47種類も紹介する本です。

花は自分を誰ともくらべない

『花は自分を誰ともくらべない〜47の花が教えてくれたこと〜』稲垣栄洋(山と溪谷社)

ちゃん 花の工夫? 気になります。

店主 高山植物のエーデルワイスって、白い部分が花びらじゃないって知ってた? 包葉っていう葉が変形したものなんだって。

ちゃん え、そうなんですか?

店主 寒い中で花を咲かせることは簡単じゃないから、葉を花のような色にして、その中に5ミリくらいの小さな花を咲かせているんだって。そこにハチを集めて、花粉を移動させるって。花っていうと「きれい」とか「美しい」って感想を持ちがちだけれど、実はその容姿は繁殖のために作られたもので、誰かと比べるためのものじゃないってことを思い知らされて、ついつい見た目に惑わされる自分を省みなければ……って気持ちになるよ。

ちゃん 賢い! たしかに今画像を見たら花びらと思っていた部分が葉に見えてきました。どんな花にも、力強さを感じることがあるのはそういう理由なのかも。

店主 そうそう、あともう1冊、これも面白いんだった。村田あやこさんの『たのしい路上園芸観察』っていう本です。その町に住む住人たちが、自分の家の前とかに植物を並べて「園芸活動」をしているの、見たことない?その風景を観察してまわっている村田さんの記録本です。

たのしい路上園芸観察

『たのしい路上園芸観察』村田あやこ(グラフィック社)

ちゃん 今それを言われて思い出したけれど、ベトナムにはあんまり園芸文化がないかも! プランターとか全然見ないもんなぁ……。緑豊かだからかなぁ。

店主 そうなんだ! ヨーロッパとかだと、広い庭でガーデニングっていう風景を思い浮かべるよね。対して日本は庭が無いお家も多いから、敷地内からちょっとはみ出ちゃってるけど……っていう路上園芸が盛んなのかも? お花の鉢植えがずらーっと並んでいる風景は、きれいというよりかわいいというか、ほほえましい印象があるよね。

ちゃん 行政が管理しているものと、住人たちが有志でやっている園芸って全然違うのかな?

店主 うん、この本を読む限り、違うみたいだよ。きれいに区画された場所ではなく、明らかに付け足してる感があって、手入れしている住人の姿を想像しても楽しいよ。動物の置物とかも置かれたりするしね。そういえば私の家の最寄り駅の近くにも小さな花壇があるんだけれど、クリスマス時期はサンタクロースが置かれてたな。あれも、近くに住む人の路上園芸なのかも。
ちゃん 園芸にもストーリーを感じられるんですね。面白そう!

店主 あとそうだ。去年の自粛期間中、朝の散歩が日課だった時、隣駅の前に広がる大きな花壇を目的地にしてたんだった。もう少しあたたかくなったら、またしようかな。路上園芸の観察しながらだったら、より楽しそうだよね。

ちゃん Twitterにも写真をアップしてましたね。私も、花を買ってきて花瓶にいけることはあるのですが、ベランダで園芸をやってみたくなりました。

店主 そうか! 自分でやるのも楽しそうだね。

ちゃん こちらで苗や種が手に入るのか、リサーチしてみます!

店主 うん! 来年の春の楽しみもできたね。今年は本で、来年は本物も味わいたいね。

※本記事は『小説すばる』2021年4月掲載分です。第12回は『小説すばる』2021年5月号誌面にて掲載予定です。(http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/

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