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エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【第10回】まだまだ奥深〜い納豆の世界フェア

お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。

テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!

第10回のフェアのテーマは「納豆」です。

いか文庫中

いか文庫 ◆ 商品もお店も無いけれど、毎日どこかで開店している「エア本屋」。店主(リアルでも書店員)と、イカ好きなバイトちゃん(ベトナム在住)、ほか3名とで、WEB、テレビなどで活動中。

店主 バイトちゃん、お正月はどう過ごしてましたか?

バイトちゃん(以下、ちゃん) こちらベトナムのお正月は旧正月基準で2月なので、年末年始はいつもと変わらぬ日々でした。でも、少し寒くなったのでベトナムのお雑煮「バインドゥックノン」を食べに行ってきました。

店主 ベトナムにもお雑煮があるんだねぇ。どんなお雑煮なの?

ちゃん お餅が日本よりも柔らかくて、とろとろしています。その上に、ひき肉、揚げ豆腐、漬物、パクチーをのせて、スープをかけて食べます。年中食べる料理の一つですが、とってもおいしいです!

店主 お、おいしそう‼

ちゃん 日本では絶対に味わえない味だと思います。いつか味わってほしいなぁ。店主はどんなお正月でしたか?

店主 私もお雑煮をたくさん食べたよ。我が家は、地元山形の郷土料理「芋煮」の中にお餅を入れるスタイルで、それがもう大好きなのでたくさん食べた!

ちゃん 芋煮に餅を入れるとは! 芋煮はカレーにもできるし、お雑煮にもなるんですね。びっくり!

店主 でも食べすぎて飽きてしまったので、途中から納豆餅に切り替えました。これも山形の郷土料理だって、大きくなってから知ったんだけどね。

ちゃん いか文庫で山形へ行った時に、ご馳走になりましたね。ネバネバ納豆ともっちりしたお餅の相性の良さったら!

店主 おいしいよねぇ。

ちゃん ベトナムにも納豆は売っているんですけど、高くて……。日本で売っている納豆3パック入りで500円くらい。節約のため自宅で納豆づくりをしている日本人も多くいます。

店主 そんなに高いんだ!

ちゃん でも体にいいから欠かさず食べています。最近読んだ発酵学者の小泉武夫さんの本 『くさいはうまい』にも、納豆がいかに栄養学的に優れているかや、日本人の食事と納豆がなぜ合ったかなど興味深いことが書かれていました。

「くさいはうまい」書影

『くさいはうまい』小泉武夫(角川ソフィア文庫)

店主 ほうほう、具体的には?

ちゃん 日本人は主食が米ですよね。米をそのままの形で炊いて食べる粒食主食型民族である日本人には、米の上に粒状の納豆をのせて食べるという食べ方が合致したそうなんです。欧米諸国の人たちは麦を粉にして食べる粉食主食型民族だから、彼らの食形態にはそもそも合わなかったと。

店主 それは全く意識してなかった。

ちゃん ね! この本では味とにおいが独特の、でもおいしい食品がたくさん出てきます。世界中の納豆を探し求めて旅するノンフィクション作家高野秀行さんと著者の発酵食品にまつわる対談もあって。

店主 高野さんの納豆の本、読んだことあるよ!

ちゃん おぉ! 世界一くさいナイジェリアの「オギリ」という納豆を観察するシーン。日本にある食材で表現するなら、納豆を細かくつぶし、くさやの汁と銀杏を生のまま潰して混ぜるようなにおいらしいんですけど。発酵マニアの二人はいい匂いと! 私は想像しただけで無理で……。

店主 き、聞いただけでも、おえぇってなるわ……でも、納豆も嫌いな人からしたらもっとくさいんだもんね、きっと。それで思い出したんだけど、最近『納豆が好き』っていう本を読んだの。作者はなんと、フランス人の女性、ジュリ・ブランシャン・フジタさんです。

「納豆が好き」書影

『納豆が好き―フランス人、ジュリの東京生活』
ジュリ・ブランシャン・フジタ(花伝社)

ちゃん フランスの方のお口に合うのかな……?

店主 やっぱり最初は全然だめだったって。でも今は、本のタイトルにできるくらい「納豆が好き」。そして何より、日本が大好きだってことが伝わってくる本だよ。実は、納豆の話は1ページだけしかないんだけど、ネバネバしているのをぐるぐる混ぜて、ご飯にかけて、大口を開けて食べるイラストが描かれていて、すっごくおいしそうなんだ。

ちゃん どうやって克服したんだろう。

店主 一時期ホームステイしていた日本人のお家で、日本の家庭料理のおいしさを知ったそうだよ。

ちゃん 納豆の発酵によるくさみも、慣れれば好きに変わるのかも。よく考えれば、チーズも発酵食品ですもんね。

店主 この本では食べ物のほかにも、日本のトイレやポケットティッシュのことみたいに、日本人の私たちには発見できないような、フランス人から見た面白い日本の暮らしエピソードが、全編イラストで描かれてるんだ。カラフルで、楽しくなる本です。あ、じゃあ今回は、ちょっと異色だけど「納豆」をテーマにフェアを考えてみようか?

ちゃん いいですね、そうしましょう! さっきの本の話を聞いて、作家の北大路公子さんの『私のことはほっといてください』というエッセイの中にも、納豆にまつわるお話があったことを思い出しました!

「私のことはほっといてください」書影

『私のことはほっといてください』北大路公子(PHP文芸文庫)

店主 いいね! いいね!

ちゃん 納豆を食べる際にはパックを開けて、シートをはがして、タレをかけて、かき混ぜてっていう一連の流れがあるけど、途中で手に納豆がついてネバネバになって「もう!」ってイライラしますよね。21世紀でハイテクな世の中になっているのに、納豆を食べる時の煩わしさって、子供の頃からそんなに変わっていないのでは?

店主 うんうん、どうにかしてネバネバ被害にあわないように! って気を付けながら食べるよね。

ちゃん 色々進化したのに、納豆パックだけはなぜ進化しなかったか。その理由が、未来の西暦XXXX年、地球に生きる最後の人類となった老人がしたためた手紙によって明らかになります……。

店主 え? エッセイじゃなかったの?

ちゃん エッセイです。いやエッセイというか、著者の妄想というか。「人類が進化を諦めた日」という章で、納豆パックにまつわる壮大なエピソードをお楽しみください。

店主 納豆一つで妄想を繰り広げられるの、楽しそう! じゃあこれも並べよう! あと、こんなド直球なタイトルの本もあったんだった。デデン! 『納豆のはなし』

「納豆のはなし」書影

『納豆のはなし 文豪も愛した納豆と日本人のくらし』
石塚修(大修館書店)

ちゃん この表紙は……夏目漱石?

店主 ぽいよね。この本は、筑波大学の教授である石塚修さんが、全国納豆協同組合連合会の協力のもとに研究した、「文学作品に登場する納豆」をまとめたものなのだけど。太宰治、夢野久作、夏目漱石、寺田寅彦、小林多喜二など……日本文学史に名を連ねる作家たちの作品に出てくる「納豆」を掬い上げて、そこから、日本の食文化を紐解いていくという、大真面目なテーマの楽しい本だよ。

ちゃん 文豪たちも納豆を食べていたんですね。

店主 好きだったし、表現方法の一つとしても活用してたみたい。この研究から浮かび上がったのが、江戸時代は納豆売りが売りに来るものだったことと、秋から冬にかけての食べ物だったということ。それに納豆汁として食べることも主流の一つだったことなどなど、学術じゃなくて文学の方面から教えてくれるっていうのがすごく興味深いの。だから、スーパーで納豆を見かけると、思わず文豪たちの顔が思い浮かんじゃうんだよね。

ちゃん はぁ〜。納豆だけでこんなにいろんな本があるんですね!

店主 よし、じゃあこれでフェアの選書は決まったね。あとそうだ。期間中、「ネバネバする本」を募集しない?

ちゃん ちょっとわかりにくいかも?

店主 てへへ、やっぱりそうだよね(笑)。とりあえず納豆食べて、企画練り練りし直すかー! 納豆だけに!

※本記事は『小説すばる』2020年2月掲載分です。第11回は『小説すばる』2021年4月号誌面にて掲載予定です。(http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/


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