人生のブルーオーシャン戦略

ブルーオーシャン戦略とは

ブルーオーシャン戦略は、2005年にINSEAD(欧州経営大学院)の教授であるW・チャン・キムとレネ・モボルニュによって提唱された経営戦略理論です。彼らの著書『ブルー・オーシャン戦略』は、日本でもベストセラーになりましたから、読んだという人もおられるでしょう。

あらためて確認すれば、ブルーオーシャン戦略とは、従来の競争が激しい市場=レッドオーシャンでの血みどろの戦いを避けて、競合には真似のできない独自の価値提案を行い、競争のない独自の市場=ブルーオーシャンを創出することを目指す戦略のことです。

カギは「既存の価値の組み合わせ」

ブルーオーシャン戦略のカギとなるのが「価値の新しい組み合わせ」です。その成功事例の筆頭として、キムとモボルニュの著作ではカナダのパフォーマンスカンパニー、シルク・ド・ソレイユが紹介されています。

シルクとはフランス語でサーカスのことですが、シルク・ド・ソレイユのパフォーマンスを一度でも見たことのある人であれば、これが古典的なサーカスとは大きく異なるものだということはご存知だと思います。

具体的には、シルク・ド・ソレイユは、それまでのサーカスが提供していたスリルとユーモアの要素に加えて、ここに音楽性・芸術性・幻想性といった要素と「組み合わせる」ことで、独自の世界観をつくりあげています。この「組み合わせ」がブルーオーシャン戦略の実践においては鍵となります。

気をつけて欲しいのは、これは「新しい価値」の「組み合わせ」ではなく「既存の価値」の「新しい組み合わせ」だということです。ブルーオーシャンの実践にあたって重要なのは、「新しい価値を創出する」ことではなく、既存の価値の「新しい組み合わせを創出する」ことなのです。

独自のポジションは「独自の組み合わせ」で生まれる

この考え方は、人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジーにも非常に大きな洞察を与えてくれます。

ブルーオーシャン戦略をライフ・マネジメント・ストラテジーに反映させることを考えた場合、重要なのは「独自の交差点を作る」ことです。

独自の存在感を放っている人を振り返ってみると、その「立ち位置」は、他の誰が立つこともできない、ユニークな交差点であることに気づくはずです。

アメリカのロック × イギリスのモッズスタイル = ビートルズ
リベラルアーツ × テクノロジー = アップル
安価な男性服の素材 × 高級オートクチュール = シャネル
クラシックの作曲理論 × ポップス = 坂本龍一
陸上選手のキャリア × 哲学的思考力 = 為末大

 他にもいるかな・・・皆さんもぜひいろんな人を見つけて分析してみてください。

芸術の知識 × コンサルティングのスキル

ここで非常に重要になってくるのが、交差点に立つ場合、組み合わせるそれぞれの要素は、必ずしも超一流でなくても構わないということです。具体的な事例を挙げて説明しましょう。

私が大学院で文化施設の経営についての研究をやっていた頃、ロンドンに拠点を持つ「劇場経営に特化したコンサルティングファーム」の方とお話ししたことがあります。

このファームに集まっている方は、元戦略コンサルティングファームのコンサルタントや、元投資銀行の財務アナリストでしたが、共通していたのは、文化芸術に対する深い愛情と知識を持っている、ということでした。

経営コンサルティングの世界にはスーパープレイヤーがたくさんいます。例えば戦略コンサルティングのリーディングファームであるマッキンゼー&カンパニーは世界に4万人ものコンサルタントを抱えています。

規模でこれに続くボストン・コンサルティング・グループが現在2万人程度となっていますから、業界の一位と二位を足しただけで、すでに6万人に近いだけの人数がいるわけです。他社も加えれば、その数は軽く十万人を超えるでしょう。

この十万人の中で、コンサルタントとしてユニークな強みを発揮して存在感を放つのは、そう簡単なことではありません。なんと言っても、コンサルティングファームは元より優秀な人材が集まる業界で、ハードワークを厭わない勤勉な人たちが鎬を削るようにして競争しているのです。

要素を組み合わせると競争相手は激減する

しかしここで、この十万人の中から「美術史や音楽史に詳しい」という条件を付けてみたら、何人の人が残るでしょうか。実際に数えてみたわけではありませんが、恐らくは1%もいないでしょう。

つまり、コンサルティングに必要な論理思考や経営分析の知識やスキルを持っている人は、世界中に十万人単位の規模でいるにも関わらず、それらの知識と同時に、音楽史・美術史に通暁していて、高い鑑賞力を持っている、という条件を加えるだけで、10万人いた競争相手の99%は脱落して千人単位まで小さくなるのです。

劇場や文化施設のコンサルティングでは、通常の営利組織のコンサルティングプロジェクトと同様に、市場の分析や財務の分析を行います。しかし、それだけでは済みません。

こういった、いわば「定番メニュー」のコンサルティング作業に加えて、例えばオーケストラの経営分析であれば、オーケストラのパフォーマンスの評価・・・つまり、実際の演奏を聴いて楽器パート別の課題を指摘したり、客の入りが悪いレパートリーがあれば実際に観たり聴いたりしてみて演奏のどこに問題があるかを分析します。これは、通常のコンサルタントには全く手の出せない領域です。

つまり、彼らは、通常のコンサルティングに求められる分析スキル全般に、美術や音楽に関するセミプロ並みの知識と感性を「組み合わせる」ことで、唯一無二の存在となっており、であるがゆえ安定的に高収益のコンサルティングビジネスを継続することが出来ているわけです。

加えて指摘すれば、芸術や音楽を愛好する彼らにとって、劇場や美術館といった施設のコンサルティングは、まさに天職と言って良いほど充実感とやりがいのある仕事でもあります。彼らが自分たちの仕事について強い愛着と誇りを持っていることが、お話ししていたひしひしと伝わってきました。

組み合わせるのは「超一流」でなくてもいい

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