#007 外資企業より日本企業の方がずっと残酷という話

これは少し前にVOICYに挙げたテーマなんですが、最近になったあらためて友人・知人の状況を見ていて考えるところもあり、もう少し踏み込んだ内容で文字化してみます。

一般に「外資系は人に厳しい」「日系企業は人に優しい」と言われます。しかし往々にして「とても優しい」と思える人が実は非常に残酷である一方で、一見すると「とても厳しい」と思える人が実は非常に愛情深い、ということはよくあるわけですが、これは実は企業にも言えるのではないかということです。

では日本企業のどこが残酷なのかというと「40代の後半になるまで自分の昇進ポテンシャルがはっきりわからない」というところです。

しかし40代の後半で「この会社では上に上がれない」ということがはっきりしても、その時点で取れるキャリアオプションはほとんどありません。なぜなら、日本の大企業でなんとなく二十数年、それなりに頑張ってきましたという人は、よほど専門性のある人でないと労働市場で値段がつかないからです。

ここは本当に勘違いされていて、見ていて痛々しいと思うんですけれども、日本を代表すると言われているような企業でそれなりに活躍している人の多くは、会社の価値と自分の価値を混同してる傾向があります。

そういう人が転職活動をすると、自分の労働市場における値段の低さに愕然とすることになります。いまの会社にいてもこれ以上は上に上がれない、かといってそこから出れば給料が半分になってしまう・・・そこでキャリアの袋小路に入ってしまうわけです。

一方で会社側は、被雇用者に対して様々な選択肢を持つわけで、経済学的に言えば、雇用者と被雇用者のあいだで極端なオプションバリューの非対称性が生まれてしまうわけです。

一方で、よく「厳しい、厳しい」と言われるコンサルティング会社や投資銀行などの外資系プロフェッショナルファームについて考えてみれば、確かに短期的には厳しいかもしれませんがが、中長期的に考えてみると違う風景も見えてきます。

というのも、キャリアの若い段階で仕事の向き・不向きがはっきりするわけですから、結果的には自分のオプションバリューが増えるんですよね。これはシリコンバレーの経済システムと同じで、要するに全体・長期の反脆弱性の高さは、早めにたくさん失敗するという部分・短期の脆弱性によっているわけです。

ここはこれからのキャリアを考える上ではとんでもなく重要なポイントでぜひ忘れないでください。堅牢性というのは実はブラックスワンに対して脆弱なんです。僕がいた電通というのも1990年代の前半まで、日本で最も堅牢な企業の一つに見えたわけですが、インターネットというブラックスワンの登場に対しては脆弱だった。

一見、短期的には脆弱に思えるような要素を盛り込むことでむしろキャリア全体が反脆弱性、つまり「外乱を与えることによってますますパフォーマンスが上がる」という特性を持つことになります。 

もちろん、外乱を受けたその一瞬は辛いですよ。同僚がイキイキと仕事をしている中で、自分はどうも活躍できていないな・・・と感じている時に、「明日から来なくていい」と言われるわけですから。

元ほぼ日のCFOで現在はエールの取締役を務められておられる篠田真貴子さんは元々マッキンゼーのご出身ですが、青天の霹靂のように「退職勧告」を受けて家でワンワン泣いた、とこちらのインタビュー記事で答えられていますね。こうやって過去の悲しかった出来事をサラリと共有されているのを見ても、このエピソードが篠田さんの中で綺麗に蒸留されてWisdomに昇華されているんだな、と感じます。

こういうプロフェッショナルファームの雇用慣行について日本企業の人からは「いつクビになるかわからないなんて精神的にキツすぎ」とか「こういうのは自分は耐えられない」といった感想をいただくのですが、なんか勘違いしていませんか、と。

だって結局は「あなたはここまでです」と言われる年齢が早いか遅いかだけの問題であって、日本企業の人もいずれは言われるんですよ。その事実を直視せずに目の前の仕事とか趣味のゴルフとか毎日のお酒に逃避してるんじゃないんですか?と。心理学で言うところの「意図的盲目」というやつですね。

加えて指摘すれば、あまり意識されていないポイントですが、この「不本意にあなたはここまで」と言われる確率は組織が大きくなればなるほど高くなります。つまり世の中からは安泰だと思われるような大企業にいる人ほど、そういう袋小路に入る確率が高くなるということです。どういうロジックかというと次のようになります。

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