楽天モバイルの戦略について

個人的には楽天の三木谷さんは尊敬していますし、友人・知人の多くがまだ楽天で働いているので、ちょっと書こうかどうか迷ったんですが、これはとても思考を刺激するいい題材だと思ったので、記事にすることにしました。

分析のフレームワークになるのは、以前にも記事にした「「役にたつ」と「意味がある」」のマトリックスです。

あらためて記事のエッセンスをここに記しておけば、こういうことになります。

  1. 価値には「役に立つ」と「意味がある」の二つがある

  2. 日本はこれまで「役に立つ」市場で非常にコストパフォーマンスの高い製品を生み出し、それが日本経済を押し上げる要因となった

  3. しかし、安全・快適・便利という基礎欲求が充足された現在の先進国では、「役に立つ」という価値が飽和しつつある

  4. 一方で、人の人生を豊かにしてくれる「意味がある」という価値が強く求められるようになってきている

  5. もし「役に立つ」で戦いたいのであれば、その市場においてトップに立つ必要がある。なぜなら「役に立つ」は必ず収斂する=勝者総取りになるから

というのが骨子でした。

さて、この枠組みを用いて、楽天モバイルの状況を分析するとどうなるでしょうか?

まず、携帯電話キャリアは、皆さんもご存知のメジャー三社が大きなシェアを握っています。

各社はもちろん「役に立つ」わけですが、それだけだと差別化が難しいため、主に広告宣伝という手法を通じて、各社独自の意味付けをこれまで行ってきました。

この「意味付け」が成功しているかどうかについては、いろんな議論があるところだと思いますが、私自身は「一定程度は成功している」と言っていいんじゃないかと思います。

というのは、どのキャリアを使っているか、ということでキャラクターがある程度イメージできるくらいにまでには各社の個性化が進んでいるからですが、ここではこれ以上、細かい論点に踏み込むのは止めましょう。

楽天モバイルの戦い方

さて、ここで問題になるのが楽天モバイルです。

この三社が鎬を削っている携帯キャリア市場に楽天は最後発として参入したわけですが、この時、戦い方は大きく二つあります。

  1. 圧倒的な価格競争力で既存キャリアから顧客を奪う

  2. 圧倒的な意味的差別化で既存キャリアから顧客を奪う

通信というのはコモディティで、基本的に非常に差別化が難しい産業です。しかもスイッチングコストは高い。

例えば僕らは、普段飲んでいるビールとは違うビールを「ひょいと出来心」で買ったりしますが、携帯キャリアを「ひょいと出来心」で変える人っていうのはないわけです。

変えるには「明確な理由」がいるわけで、その理由の二つが上記だということなのですが、ここで考えてみればすぐにわかるのが、1のオプションは「理屈では考えられるかもしれないけど現実的でない」ということです。

楽天はもともとMVNO(仮想移動体通信事業者)の形態でキャリア事業に参入しています。

MVNOというのはは、他社の通信インフラ(例えば、NTTドコモ、au、ソフトバンクなどの通信キャリア)を相乗り利用させてもらうことでオペレーションをする事業体のことです。

当たり前ですが、MVNOは、自前の通信インフラを持たないため、通信キャリアにインフラ利用料を支払う必要があり、この固定費が事業費の大きな割合を占めることから、競合各社に対する抜本的なコスト優位を実現することは非常に難しいのです。

当初の戦略として、どのような勝ち筋を描いていたのかはよくわかりませんが、少なくとも「圧倒的な価格競争力」を追求するのであれば、MVNOというのは戦略とフィットしない事業形態だったということになります。

で、当然ながらそんなことは認識していたと思うのですが、当初から市場への訴求は「安さ」が中心で、他の意味的な価値についてはほとんど言及されていない。

どうもよくわからないな、と思って眺めていたら、やっぱり2019年から、楽天モバイルはMNO(Mobile Network Operator)、つまり自前の通信インフラをもった事業体として運営することになりました。

おそらくは最初からそうしたかったとは思うのですが、免許の関係などもあったのでしょう。

しかし、MVNOからMNOに変わったからといって、先行する三社に対して大きなコストアドバンテージを作るのは容易なことではありません。

簡単に想像できる通り、携帯キャリアの通信インフラを作るには膨大なコストが必要で、しかも、初期段階ではどうしても規模が小さくなるため、コスト優位を実現するための鍵となるスケールを持たせることが難しくなります。

通信ビジネスは巨額の設備投資を利用料で長期間に回収するというビジネスですから、ユーザー数の多少はコスト競争力にモロに効いてきます。

現在、楽天モバイルの契約者数は600万人強ということですが、競合各社が10倍以上の契約者数を抱えている(ドコモ:8.9千万人、AU:6.5千万人、ソフトバンク:5.4千万人)ことを考えると、コスト構造的には競合各社の方に圧倒的な優位性があるように思います。

さらに言えば技術面でのアドバンテージという問題もあります。

そもそもからして、楽天はもともと商業プラットフォームを横展開する事業者で、物理的なインフラを構築した経験がほとんどない会社です。

技術的な優位性もはっきりしないなか、この道ン十年の通信専業事業者と同じようなインフラを作ることを目指しているわけで、正直、相当に無理のある戦略だと思います。

なんらかの隠し球があって、既存のキャリアよりも圧倒的に有利なコストを実現するためのイノベーションを起こせるという算段があるのならいいのですが、少なくとも発表資料を見ている限りは、どうもそういったものもなさそうですね。

こうなると、最後発の参入者として「圧倒的なコスト優位」で戦うことは、かなりの無理スジではないかというのが僕の感想なのですが、どうなんでしょうかね。

後発で参入するなら「意味的優位」がいる

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