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マザレス番外編 烙印の報復 黒孩子・ブラックチルドレン 没エピ ヤオ・ミン覚醒編 スピンオフ

 近年では経済大国となったC国だが途上国時代爆発的な人口増加に歯止めをかける為『一人っ子政策』という人口抑制政策を行っていた時期がある。国民は夫婦一組に対し子供は一人しか持てない。この政策により四億人の人口抑制に成功した。しかし、その一方でこの政策は多くの問題を抱えていた。最大の問題点は、一人っ子政策に反して生まれた二人目以降の子供、国籍も戸籍も持たない子供達の出現である。そうした子供達は何の社会保障も受けられず、学校に行くこともない。当然真っ当な職につくこともできない。戸籍の無い子供達、それはこの世に存在を認められないこと、人間として認められないことを意味する。このような闇の子供達を人々は黒核子ブラックチルドレンと呼んだ。
 ヤオ・ミンは内陸部の農村で二人目の男児として生まれた。労働力の確保として男児を尊ぶこの村では、女児が産まれると売られるかほふられ喰われるかのいずれかであった。実際ヤオ・ミンの両親は二人の女児をもうけたが、いずれも生まれてすぐに近くの町の飲食店に売られた。レストランの主人は女児の肉をぎ取り角切りにするとアオザメの背ビレと一緒に鍋で煮込んだとろみのあるスープを作って客に出した。この地方では古くから乳幼児のスープは万病を治すと云う言い伝えがあり、赤子のスープは常連客に喜ばれいつもすぐに完売した。


 ヤオ・ミンは五歳になった時に村に来た人身売買の闇ブローカーに売られた。父親はまるで収穫した白菜を売るようにヤオ・ミンを売った。その金で父親は中古の冷蔵庫とテレビを買った。

 闇ブローカーは根城ねじろにしている近隣の都市に戻るとすぐにヤオ・ミンの声帯を切除し舌を切断した。それは言葉によって出身地が発覚するのを隠すためであった。このことでヤオ・ミンは言葉と味覚を失った。元締めの男はこの村で買い取った子供のうち、少女は手か足を切断して物乞ものごいにした。少女達は『世間は無慈悲な人ばかりではないと信じています。どうぞ哀れな私たちにお金をお恵みください』と書かれた板を持たされ全裸で街角に座らせられた。

 この街でヤオ・ミンはしばらく物乞いの手伝いのような事をさせられた。翌年ヤオ・ミンが六歳になる頃元締めの男は山間部にある非合法の煉瓦れんが工場にヤオ・ミンを売り飛ばした。

 この僻遠へきえんに位置する闇煉瓦工場には各地方から人身売買と誘拐で集められた子供達が過酷な強制労働に就かされていた。ヤオ・ミンはここで一日十二時間以上、粘土堀りと掘った粘土の運搬作業に就かされた。もちろん全くの無給である。一日三回の食事は小麦粉だけで作った饅頭か蒸しパンだけでそれはかろうじて餓死をまぬがれる程度であった。食事時間はすべて十五分以内とされた。労働時間以外は小さな小屋に数十人が押し込められ地面にゴザを敷いてごろ寝させられた。子供達の着衣はボロボロで厳寒の真冬も暖房は一切無かった。子供達は工場経営者の手下である男達と凶暴な番犬十匹によって常時監視され逃げ出す事はほぼ不可能であった。悲惨極まりない生活、過酷な労働の日々。ヤオ・ミンが仕事中少しでも気を抜くと作業が遅いと言われ監視の男からスコップで殴られた。それによって死んでいく子供も多くいた。ここでは労働者の命の価値など無いに等しかった。

 ヤオ・ミンがこの工場に来て五年が過ぎた夏、大型の台風がこの地方を襲った。集中豪雨による大規模な土石流が夜半に発生し、山間の工場はあっけなく土石にのまれた。工場は濁流に押し流され、ヤオ・ミンの小屋は崩壊した。ヤオ・ミンは暴れ狂う鉄砲水の恐怖におののきながらも何とか小屋から逃げ出し山の斜面に這い上り難を逃れた。

 夜が明けて雨は止んだ。高台から周囲を見渡すヤオ・ミンの目に映ったのは一夜にして変わり果てた風景だった。工場敷地にあった建物は跡形も無く崩壊して瓦礫と化している。数カ所から火災が発生し白い煙が上がっている。消火しようとする者など誰もいなかった。

 それでも生存者はいた。土砂に下半身を埋もれさせた監視役の男が助けを求めている。ヤオ・ミンは側に落ちていたつるはしを拾った。半身埋もれて身動きが取れずにいる男の側に歩いていくとヤオ・ミンは男と向き合った。長年ヤオ・ミンを暴虐した男だった。

 ───そのつるはしでオレを掘り起こしてくれ。

 言葉を失ったヤオ・ミンに対して口頭だけでなく身振り手振りを含めて必死で助けを求めている男。その姿をじっと無表情で見つめているヤオ・ミン。

 数十分が経過した。ヤオ・ミンは相変わらず何もせず立っている。男は喋り疲れて黙り込み、無反応に佇立ちょりつするヤオ・ミンをただ見上げているだけだった。

 ───オレを助けたらお前を自由にしてやる。

 男が沈黙を破ってそういった。ヤオ・ミンの片足が痙攣したようにピクリと動いた。

 ───そうだ、お前は自由になるんだ、何処でも好きな所にいけるんだぞ。

 ヤオ・ミンの反応に活気づいて喋る男。その様を見下ろしてヤオ・ミンは口元に酷薄な笑みを浮かべた。

 こいつは馬鹿か、オレはすでに自由だ───ヤオ・ミンは頭の中───嘲笑した。

 何のためらいもなかった。ヤオ・ミンはつるはしを振りかぶると男めがけて一気に振り下ろした。鋼鉄の先端、その鋭く尖った部分が男の脳天にぐさりと突き刺さった。頭蓋骨が粉砕され、激しく血しぶきがあがった。白い脳漿のうしょうが露出し骨片と毛髪のついた肉片が辺りに飛び散った。ヤオ・ミンの長年の怨念おんねん生来せいらい関わってきたすべての人間と全くもって無慈悲な社会に対する恨みと怒りが炸裂した瞬間であった。顔に大量の返り血を浴びヤオ・ミンは言葉にならない雄たけびをあげながらすでに絶命している男の頭部に何度も何度もつるはしを叩きつけた。男の頭部は既に原型をとどめていない、ただの赤黒い肉塊となっていた。それでもヤオ・ミンはつるはしを振り下ろし続けた。男の死体を損壊そんかいし続けるヤオ・ミンはその行為に性的な高揚感を感じていた。ヤオ・ミンの壮絶な復讐劇の始まりだった。

 見張りの男を惨殺したヤオ・ミンはその後も生存者を見つけてはつるはしで殺害して回った。それでも収まりの付かない激しい衝動が尚もヤオ・ミンを突き動かす。一緒に強制労働させられていた仲間も殺した。その数は十数人にも及んだ。血に染まった殺戮を繰り返すごとにヤオ・ミンは言い知れぬ陶酔感を覚えていった。蛮行ばんこうの最中ヤオ・ミンの性的興奮は最高潮に達し性器に何の刺激も与えてないのに何度も射精した。めくるめくような恍惚こうこつ感が長い間無感覚だったヤオ・ミンの五感を刺激し続けていた。
 皆殺しが終わるとヤオ・ミンは山を降りた。途中の畑でトウモロコシをかじった。山村に出没するとニワトリ小屋の鶏卵をすすった。村人に見つかると惨殺して回った。ヤオ・ミンは人語を話さぬ大量殺戮者となった。
 
 都会に出たヤオ・ミンはやがて犯罪組織の一員となった。そして相当数の組織が暗躍している街で冷酷な殺し屋として名を上げていった。積年の恨みを晴らすが如く更なる快楽を求めヤオ・ミンは殺しまくった。例外なく現場に残されるのはむごたらしい惨殺体。凶悪極まりないヤオ・ミンの仕業。その暴虐の限りを尽くした兇行でヤオ・ミンはマフィアのボス連中からも恐れられる存在になっていった。しかしヤオ・ミンはやり過ぎた。危険すぎるヤオ・ミン。遂には組織を追われる羽目に。



 ───ヤオ・ミンを殺せ、奴を吊るせ! ヤオ・ミンに最高額の懸賞金が掛けられた。


 組織から追われたヤオ・ミンは貧しさから逃れようと国を捨てた人々に混じり小さな漁船で祖国を後にした。出航の夜、ヤオ・ミンは船の上から街の灯を眺めた。祖国を捨てる事に何の感慨も無かった。良い思い出なんか皆無だった。ただ生まれて今まで生きてきたというだけの国だった。殺した人間の顔を思い出そうとしたが直ぐに無駄なことだと思い直した。ただ自分を売り飛ばした両親と舌を切り取った男を殺せなかった事だけが悔やまれた。


 船内の環境は劣悪だった。乏しい水と食糧の奪い合い、仲間の死体にも齧り付く有様。悪天候、海賊による略奪。数々の苦難を乗り越えて数週間後、ヤオ・ミンはこの国にたどり着いた。放射能汚染により世界から見捨てられた国。世界地図の上に存在するだけのこの国に……。

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