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マザレス番外編 烙印の報復 金魚 没エピ 鳴海ケンイチ編① スピンオフ

 鳴海なるみケンイチは母親達による虐待を受けて育った。物ごころがついた頃からまともな食事は与えてもらえなかった。一日の食事がカップ麺一個というのが日常的だった。いや何も食べられない日が一週間のうちに何日かあった。五歳になったケンイチは本当の父親を見たことがなかったが、母親が連れてくる何人かの男たちによって絶えず暴力だけは与え続けられた。男たちはたいした理由もなくケンイチを殴った。博打に負けた腹いせに横腹を加減なく蹴りあげられる事もしばしばだった。老朽化した二階建てのモルタルアパート。その日当たりの悪い一階の角部屋が親子の住み家だった。母親は無職だった。親子は母子家庭に政府が支給する生活保護費で生活していた。もとより母親にとってケンイチはその保護費を受け取る為だけの存在に過ぎなかった。男が泊まっていく夜、母親はケンイチの両手両足をナイロンの紐で縛ると体ごとケンイチを洗濯機の中に押し込んだ。彼は蓋を閉じられた洗濯機の中で首まで水に浸かりながら一晩過ごした。母親はケンイチ一人を残して平気で、二、三日帰ってこない時もあった。そんな時は隣に住んでいる見た目は美しいが精神を病んだ女がケンイチに手料理を食べさせた。代わりにケンイチはその女の妄想話を延々と聞かされた。しかしそれだけが彼が口にするまともな食事だった。ケンイチは小学校に通うようになったが、先生や同級生とは一言も口を聞くことはなかった。誰もケンイチが言葉を話す姿を見たことがなかったし、クラスの子供達に至ってはケンイチは口が利けないものだと思っていた。それにケンイチの両腕の内側にある煙草を押し付けられて出来た無数の火傷の痕を気味悪がって誰もケンイチに近づく者はいなかった。もちろん友達はいなかったし、いつも一人で遊んでいた。ケンイチは給食だけが楽しみだった。学校に行けばトウモロコシで出来たパンと人工牛乳だけは必ず給食として食べることができた。ケンイチはまずくてみんなが食べ残したパンをこっそりカバンの中に隠して持ち帰った。相変わらず母親からまともな食事を与えられる事はなかったが盗んだ給食のパンのおかげでお腹を空かす日々から抜け出すことが出来た。ケンイチが十二歳になった小学校最後の冬休みだった。その頃になると学校が休みに入って給食が無い日などは彼は近くのスーパーで食料品を万引きして飢えを凌ぐことを覚えていた。この冬初めて雪が降った十二月のある寒い日、母親は昼過ぎに起きると男と出かけたまま夜になっても帰ってこなかった。ケンイチはスーパーで万引きしたクッキーを食べながらいつものようにテレビを見ていた。テレビでは黒い軍服をきた小柄な男の熱のこもった演説が一時間以上続いていた。テレビの画面越しにも強烈な存在感を放っている小男、まだ若いがこの国の首相であった。退屈してテレビのチャンネルを変えてみたが放送があっているのはこのチャンネルだけだった。ケンイチはテレビに手を伸ばしスイッチを押した。外は雪が降り続いていて寒い夜だった。テレビを消すと何もすることがなかった。灯油が切れたストーブその暖のない寒い部屋に一人で膝を抱えて座っていた。隣の部屋から微かに話し声が聞こえてきた。精神を病んだ女の部屋に誰か客が来ているようだった。低い男の話し声が途切れ途切れに聞こえてくる。女の部屋に客が来ることは今まで一度もなかった。ケンイチは壁に耳を当ててみた。話し声はすぐに止んでしまった。ケンイチはクッキーを手に取ると風呂場に向かった。浴室の棚には母親が飼っている金魚の小さな水槽があった。ガラスのケースの中で一匹の金魚がゆらゆらと泳いでいた。母親が可愛がってる金魚だった。金魚は美しかった。ケンイチは母親に隠れてこの赤くて綺麗な金魚を眺めるのが好きだった。ケンイチは手に持っていたクッキーのカスを金魚の上にパラパラと落としてみた。クッキーのカスは水面に落ちるとゆっくりと水槽の底に沈んでいった。金魚は腹が膨れているのかそれには見向きもしなかった。今度は一欠片のクッキーを水槽に落としてみた。金魚はするりとそれを避けた。ケンイチは水槽の中に手を突っ込むと金魚をつまみ出した。彼の右手の中で金魚はピクピクとうごめいた。ケンイチは思いきり右手を握りしめた。体中に電気が走ったような感じがした。頭がしびれて足の感覚がなかった。頭のしびれはだんだんと快感に変化していった。ケンイチは初めて射精をした。握り締めていた手をじわりと開くと金魚は無残に潰れていた。ケンイチは金魚の死体をトイレに流すと、いつも寝ている奥の部屋の布団の中に潜り込んだ。体の感覚はまだおかしかったが頭はすっきりしていた。金魚を殺してしまったことを母親に知られたら間違いなく殺されるだろうとケンイチは確信した。明け方近くになって母親は男と一緒に帰ってきた。泥酔状態の母親を残して男はすぐに出て行った。寝たフリをしていたケンイチは起きだしてきてキッチンで酔いつぶれて寝ている母親を見下ろしていた。ケンイチは用意していた炬燵の電気コードを母親の首に入念に三回巻きつけた。それでも母親はだらしなく横たわったままだった。床に尻をつけると電気コードをしっかり両の手のひらに巻きつけ握りしめた。そのままの姿勢で両足を母親の肩に乗せて固定した。足を踏ん張ると同時にコードの両端を渾身の力で引き上げた。さすがに母親も目を覚まして激しく暴れだした。ケンイチはさらに力を込めた。コードが食い込み鈍い音を立てて喉の骨が砕けた。長い時間のような気もしたが、あっと言う間の事のようにも思えた。母親はがくがくと痙攣した後動かなくなった。ケンイチは母親を絞殺する間に二度目の射精をした。苦悶の表情を浮かべてた母の死顔を見てると可哀そうになった。悲しくはなかった。母親のことが大好きだったという事が初めて分かった気がしたが今更どうすることも出来なかったし、殺す前にそれに気付いたとしても同じ事だっただろうと思った。ケンイチは、洗面所行き時間を掛けて入念に両手を洗った。洗い終えると鏡に映る自分の顔を見た。その顔を見ていると自分の顔ではないような気がした。朝になりケンイチは家を出た。初雪が積もった街はやけに眩しかった。


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