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葦津珍彦「時の流れ」を読み解く(9)「時局展望」第9回「政党政治の前途 選挙法改正が齎すもの」

「時局展望」第9回(神社新報 昭和22年4月14日)

 しばらく間を開けてしまったが、引き続き神道ジャーナリストを称した葦津珍彦が長年にわたり神社新報で連載したコラム「時の流れ」を読み解いていきたい。
 前回は「時局展望」第8回「国際情勢の進展 米国外交政策の決意」を取り上げた。今回は昭和22年4月14日発行の神社新報第41号1面に掲載された「時局展望」第9回「政党政治の前途 選挙法改正が齎すもの」を取り上げる。署名は矢嶋生となっている。

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 本コラムでは、昭和22年4月25日の衆議院解散総選挙(新憲法下初の総選挙)を控え、衆議院議員選挙法が改正され、これまでの大選挙区制度から中選挙区制度へ衆議院の選挙制度が変更されたことについて、それぞれの問題点や今後の課題を論じる内容となっている。

衆議院議員選挙法の改正について

 昭和20年11月、女性参政権を含む衆議院選挙法が改正されたが、この際の選挙制度は大選挙区制限連記制であった。
 日本の大選挙区制度とは、一つの選挙区が都道府県単位であり、そこから立候補した複数の候補者が当選するものである。また制限連記制とは、立候補者のうち複数名を有権者が記名し投票することである。
 例えば東京都が仮に定員10人の議員を選出する大選挙区であるとして、100人の立候補者がいたとすると、有権者はその100人のうちから10人未満の候補者の名を記し投票できるのが制限連記制度である。ちなみに定員10人で候補者のうちから10人連記して投票するのは完全連記制といわれる。
 昭和20年以降この年まで、衆議院の選挙制度は大選挙区制限連記制であったが、この年の衆議院選挙を見据え、選挙制度の改正が議論された。自由党や民主党は大選挙区制限連記制を廃止して中選挙区単記制の導入を提案したが、社会党や共産党などはこれに猛反発し、議事が混乱することもあったようだ。

新選挙制度の課題

 一選挙区から複数人を選出する大選挙区制度は、言うまでもなく少数政党や無所属候補に有利である。逆をいえば大政党にはいささか不利に働く制度であり、少数意見が国政に反映されやすいものの、各政党が群雄割拠するような状態となり、政党政治はどちらかといえば不安定になるといわれている。また大選挙区制度は選挙運動も大規模となるため、選挙資金も多額となる傾向がある。
 他方、小選挙区制度は大政党に有利に働き、政治は安定するものの、少数意見が国政に反映され難いという弊害がある。一方で選挙資金は比較的少額で済む傾向があるといわれる。
 葦津は本コラムでこうした大選挙区制度と小選挙区制度の長所短所を確認しつつ、この年の衆議院議員選挙法の改正により導入された中選挙区単記制について次のようにいう。

 今回の選挙法改訂は、従来の大選挙制を廃し、然も小選挙区制は採らず中選挙区単記制を採用した。それは小選挙区制度に随伴する弊害をある程度予防しつつ小選挙区制度の利点たる政局安定を目的とするものであらう。その結果としては、保守政党による政局の安定国民党、共産党等の小党派の進出防止に効果があるものと予想されてゐる。連記制度の廃止は特に婦人候補者にとつて不利であるとの観測が一般的である。

 結果としてこれ以降の政党政治は、おおむね葦津のいうような方向性に進んでいったといえる。葦津は続けて

 前述の理論は一般的原則的なものであるが、地方長官や市長の選挙はどうであらうか。これはその選挙区の大小に拘らず、当選者が一選挙区よりただ一名といふ最小数に限定されてゐるといふ点に於て本質的に典型的な小選挙区制度と同様の結果を示すであらう。即ち何れの地方に於ても、大政党の候補或は大政党を背景に有する官僚保守候補のみが当選し得るのではあるまいか。

という。自治体選挙のうち、都道府県知事(このころでいう地方長官)や市長選挙などはどうしてもその性格から定員1名の選挙となり、小選挙区制度と同様の選挙がおこなわれる。それを踏まえて「何れの地方に於ても、大政党の候補或は大政党を背景に有する官僚保守候補のみが当選し得る」という葦津の予測は、革新知事の誕生などもあったが、およそその通りに進んでいったといえる。
 また葦津は参議院の選挙制度の今後の動向についても予測している。

 なほ最後に最も注目すべきものに参議院の全国選挙区制度がある。これは外国にも殆ど類例のない超大選挙区制であるが、この様な広範な選挙区を対象として、限られた資金と限られた時間を以てして、立候補者の政見政策を全選挙民に徹底させることは殆ど不可能であらう。その結果としては、全国的な恒常的組織を有する勢力―全国的労働組合、経済団体とか一部の宗教勢力等―が特殊の有利な地歩を占めることとなり、却つて巨大な未組織者の投票は、地方的に分散し四散して終つて無力なものとなつて終ふ懸念がある。凡らく参議院の全国選挙区制度といふものは、将来に於ける政策論争上の一焦点となるのではないかと予想される。

 参議院全国区は昭和55年までおこなわれていた選挙制度であるが、実際に葦津の懸念通り、組織票を背景に労働組合や宗教団体、あるいはタレントや文化人など著名人が当選する傾向にあった。また、いわゆる「死に票」も多く、選挙資金も多額となるなど様々な弊害が指摘され、以降は比例代表制に改正された。おおむね葦津の予測通り進んでいったといっていいだろう。

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