【創作】未来の自分からメールが届いた
過去の自分から未来の自分へはコンタクトを取ることが出来る。
タイムカプセルなどが分かりやすい例だ。
しかし、未来から過去へは一切干渉することが出来ない。
未来の自分から過去の自分に手紙を送る事は不可能なのだ。
数年、数十年先の自分が何をしているのか。
数年、数十年前の自分に何を教えてあげられるのか。
互いに干渉出来ないのは寂しい事だ。
なんとかして、過去の自分に今の現状を伝えたい。
辛い事もあったけど、今もこうして頑張ってるんだよと
励ましてあげたい。
そして、これから起きる不幸な出来事に対して
こうやって回避してくれと教えてあげたい。
そう思っていた矢先だった。
2022/04/29(金)
GW連休初日、有給を使い10連休を謳歌しようと
意気込んでいた私の元に、信じられない出来事が起きた。
未来の自分からメールが届いたのだ。
所々に失礼な文面で、
いくら自身といえどメールを送る相手に対して
遣っていい文体ではない。
そもそも何故7年後からなのだ。
時のオカリナか?
半端な年数なのも気持ち悪い。
しかし、私がこのペンネームを使っているのを
知っている人は存在しない筈だ。
誰にも伝えていないし、
身バレをするような活動だって今はしていない。
そもそも過去の自分に対してコンタクトを取る時、
わざわざペンネームを使うか?
こういう場合って本名で連絡を取るのが相場ではないのか?
いやでも、仮にメールの送り主が未来の私だったら、
その斜に構えた性格故にそういう事もしそうではあるな……。
そして私のメールアドレスから送られてくるのも奇妙だ。
悪戯にしては手が込み過ぎている。
安易に返信をして良いものだろうか?
しかし、gmailの送信日時には
12:00 (7 年後)
と記載がある。
もしやと思って
メールの詳細な情報を開くと、
きちんと日付も記載してある。
どういう事だ?
原理が不明にしろ、誰が何の目的で?
送信する側がメールサーバー上の設定などを
どうにかこうにかして弄った上で私に送ってきた?
一旦googleに問い合わせた方がいいのだろうか?
技術的に起こり得るのかと。
などと考えていたが、時間ばかりが過ぎていったので
今日はとっとと眠る事にした。
2022/04/30(土)
常用している睡眠薬を使用したおかげで、
未来の私を称する者から届いたメールの事を
考えずに朝を迎える事が出来た。
さて、これからどうしようか。
メールサーバーの設定や、
gmailの技術などを調べたとて、
何か解決出来るのだろうか。
googleに対して、「未来の自分からメールが来たんですけど」と
妄言めいた問い合わせをして相手にしてくれるだろうか。
正直、怖いと思う反面、好奇心が疼いているのも否めなかった。
自分で確かめてみよう。
個人情報が抜き取られたり、高額請求を求められたりしたら
その時はその時だ。
何か、悪意などとは違う方向での怪しさを感じる。
それを自分で確かめようではないか。
というわけで、早速未来の自分に対して返信を行なってみる事にした。
嘘か誠か、返信は4回までという謎の制限がついているみたいなので、
慎重に尋ねたい疑問についての精査を行い、
スムーズにやり取りが出来る様に言葉を選んだ。
送信した後に気付いたが、
自分かどうかを断定する質問の上2つが
パスワードを忘れた時の秘密の質問過ぎる。
何も意識していなかったが、人が人に本人確認を行う時、
母親の旧姓を尋ねるのはやはり合理的な行為なのかもしれない。
まぁそれはともかくとして、
3番目の質問は本当に私にしか答えられない。
何しろ由来を伝えた人がいないから。
知ってるとしても、この先私が誰かに伝えた人だけだ。
そしてその由来を知っている人も未来にしか存在しない。
この質問だけでも、過去へのコンタクトを
実際に行っているという証左になるのではないだろうか。
期待半分に馬鹿げた事を考えながら、
その日は積んでいたゲームをプレイして1日を終えた。
日を跨ぐ前にメールをチェックをしたが、自称未来の私からは
返信は来ていなかった。
明日は来るのだろうか。
こんなふざけた珍事、とっとと解決したいのだが。
そう思いながら私は床に就いた。
2022/05/01(日)
朝7時に起床した私は、
日課である筋トレとランニングを済ませ、
プロテインを飲みながらメールチェックを行った。
…返信が来ていない。
まぁ、深夜から早朝にかけてメールを返信するのは
流石に無作法か。
迷惑メール送信者に無作法も糞もあるかと思ったが、
とりあえずは1日様子を見てみよう。
朝食を取り、変わらず積みゲーを消化し、
そろそろ昼食をと腰を上げた昼下がり午後1時。
ふとメールチェックを行ったら
届いていた。
ゾッとした。
質問の答えが合っている。
いや、それだけだったら良かった。
今自分が岐路に立たされていることも指摘された。
2022年の自分以外にメールを送る意味が無いという事、
それもなんとなく分かる。
私は、ついこの間親族の1人を失っている。
失ったといっても、亡くした訳では無い。
現状に耐えきれなかった彼を、
私は救う事が出来なかった。
それ故、彼はどこかに蒸発してしまった。
この7年後の私は、未だ間に合うという事を伝えたいのか?
私にとっての岐路なんて、今はそれしか考えられない。
しかし、「30歳である貴方が」という言い回しが引っ掛かる。
素直に「家族を失った」や「2022年に辛い事があった」と
伝えられなかったのだろうか?
そして何故、「今の貴方には分かる筈です。何故7年後の自分からメールが届いたのか。」
と断言できる?
7年後に何がある? 本当にマスターソードでも引っこ抜いたのか?
2029年。私は37歳。
関連付けられる情報として、蒸発した家族……兄は37歳だった。
その年になって何か気付いた事でもあったのか?
何も分からない。
何故自分からメールを送っておいて
こんな曖昧な情報しか伝えないんだ7年後の私は。
規定とやらか? 禁則事項か? 朝比奈みくるなのか?
色々と疑問が湧き上がってくるが、
考えても何も解決しない。
今出来る事はとにかく、未来の自分に返信をする事。
返信回数は残り3回。
慎重にメールの文章を練らなければならない。
出来ればすぐにでも返信したかったが、
今まで感じたことのない焦燥感と思考を遮る動悸によって、
その日の内の返信は断念した。
とにかく今は休んで、メールの文章を考えなければ。
途轍もない疲労感からか、
その日は睡眠薬を服用せずに眠る事が出来た。
2022/05/02(月)
目覚ましをかけずに眠ったおかげか、
私にしては朝11時と遅めの時間に起床した。
遅く起きてしまったので、筋トレとランニングは今日はお休みだ。
本来であれば平日だが、有給を取得していたので何時に起きようが関係ない。
スマホに会社で使用しているタスク管理ツールの通知が
大量に来ていたが、今日の私には関係ないので全て無視した。
そんな事より、返信内容だ。
これは只事ではない。
件のメールの送り主は2029年の自分自身だと
ほぼ確定したと思って良いだろう。
安直過ぎる判断かもしれないが、
乗りかかった船だ。
こうなったら最後までとことん付き合いたい。
眠気の覚めない脳を無理やり叩き起こし、
メールの文章を作成する。
私の考えが合っているのであれば、
きっと未来の私は今の私に兄を救う手立てを
伝えたいのだと思う。
寧ろ、それ以外考えられない。
心は落ち着く事がなく、
気晴らしにゲームをしてもプレイに集中出来ない。
とっとと積みゲーを解消したいのに。
数時間おきにメールチェックをしたが、
返信は来ない。恐らく明日か。
ソワソワした気持ちで1日を過ごした。
2022/05/03(火)
朝7時。筋トレとランニング。
プロテイン補給の後にメールチェック。
以前届いたメールの受信時間からすると、
必ず正午に送っている事に気付いた。
となると、今回もそうか。
大人しく正午まで時間を潰し、
メールをチェックする。
届いていた。
変化していない事柄は伝えても問題はない……。
逆に言うと、変化してしまった事柄は伝える事が出来ない?
兄を失った状態の私じゃないとメールを送る事が出来なかったという訳か?
確かに、2021年以前の私は、未だ兄を失っていない状態だ。
そもそもその年以前の私にメールを送って、未然に蒸発を防ぐ方が明らかに合理的だ。
それが出来ないから、兄を失った直後の私にコンタクトを取ったという訳か……?
しかし、7年後も何も変わっていないというのに、
今の私に何が出来る?
そして私の質問に答えろ。
どうしたら良いかを問いているのに
お分かりですね。
じゃないんだよ。
苦悶の表情を浮かべながら、
私はメールの文章を作成する。
残り回数は今回を含め後2回。
自分自身にキレてしまった。
本当の意味で自分にイライラするってか。
こんな文面にしても何も解決する訳ではないが、
今頃このメールを読んで未来の私も後悔してるのかな。
まぁ、もう返答を待つしかない。
今日はすぐ返事を返せたので、
恐らく明日の正午にはまた届くだろう。
……またゲームでもして時間を潰すか。
2022/05/04(水)
起床。筋トレ。ランニング。
プロテイン。メールチェックはすぐにはせず、
正午まで待つ。
来ない。
返事が来ない。
来いよ。
ルールを破るな。
なんだ、過去の自分にキツい言い方されて凹んだのか?
37歳になってもメンタル弱いままなのかコイツは。
何も変わってねーな。
……
…………
………………
……………………
あぁ、そうか。
何も変わってないからか。
2ちゃんのコピペでもあったな。
10年後にはきっと10年でもいいから
戻ってやりなおしたいとか思ってんだから
今やり直せよってやつ。
7年経っても、未来の私は出来る事をやっているのだろうか。
そして今。
未来の私から見た過去の私は本当に出来る事をやっているのだろうか。
警察には連絡した。
ネットでも目撃情報を募った。
他の家族や親族は……アテにならない。
本当か?
本当にアテにならないのか?
最早家族とも思っていないが、
何か協力できることはあるのかもしれない。
せめて、兄だけは、助けたい。
このままでは諦められないのか。
未来の私は、7年もずっとこんな気持ちを
抱えていたのかもしれない。
家族、という言葉が素敵だと思っている奴は、
正直生存バイアスめいた思考に寄っているのだと私は思う。
全ての家族が、仲良い訳がないだろ。
だから、「血の繋がった他人」としか認識していなかった。
しかし、ずっと引っ掛かってたんだろうな。
いくら兄とはいえ、いなくなってしまったら仕方ないと
自分に思い込ませていたのだろう。
そんなことをグルグル考えながら、
何も手がつかず1日寝込んでしまった。
2022/05/05(木)
起床。気力が湧かない。
相変わらず何も手が付かない。
ボーッとしながら正午を待つ。
今日は届くと良いな。
届いた。
まぁ、そうだろうな。
自分の考える事は自分が一番分かるんだ。
もう全て分かってしまった。
2029年の自分がどういう意図で
2022年の私にコンタクトを取ってきたのか。
動くしかないよな。
タイムマシンで戻ったつもりで。
返事はあと一回残っているが、
もうこれ以上未来の私に伝える事はないだろう。
2024/05/06(月)
2029/05/07(月)
5年前の自分から、昨日メールが届いていた。
少し怖くて、祖父の工具箱の中身が覗けない。
何が入っているのだろうか。
そもそも2022年の私とやり取りをしていた筈なのに、
何故2年越しに最後の返信を行なったのだろうか。
当時の彼に、どんな変化があったのだろうか…。
意を決して、もう何年も開けていない
工具箱を取り出す。
工具箱を開け、
中身を覗いてみた。
そして、そこに入っているものに絶句した。
遺骨だ。
そうか。
そうか。
そういう事か。
私の知らないところで、
私の知らない過去で、
私の知らない私が。
とっくに問題を解決していて、
その結果を私に教えてくれたというのか。
なんて、残酷な事をしてくれたのだろうか。
でも、この結果を望んだのは他でもない私自身なのだ。
箱には遺骨しか入っていなかった。
手紙の一つでも、いや手紙の一つでなくてもいい。
説明をくれ。付箋でも紙切れでもいいから、
説明が書かれたものを同封しておいてくれ。
過去の私はもう返信回数の上限に達している。
私からコンタクトを取っても、もう二度と過去の私と
連絡を取る事はできない。
だが、せめて。
せめてお礼を言いたい。
2029/05/08(火)
過去の自分にメールを送ってみませんか?
最近そんな触れ込みの新しいサービスが誕生した。
どういう技術かは分からないが、不可逆とされていた
時の流れに対し、逆行して同じメールアドレスから
同じメールアドレスへ時間を指定して送信する事が出来るらしい。
なんだそりゃ、と思いながら、
ついアカウント登録まで行ってしまった。
過去の自分とやり取りをする度、
サービスに対する信憑性は半信半疑から確信に変わり、
なんとか過去の自分に変わってもらいたいと思った。
結果として、過去の自分を動かす事には成功した。
ただ、失ったものは喪ったものになった。
因果律を根本から変えるなんて出来ないのかもしれない。
ただ、結果的にだが私は救われた。
きっと、使い方を誤ってもっと不幸になる人もいるんだろうな。
この先も、私に幸あれ。
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