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裸足の人魚

小さい頃に、この本を読んだ時は

まだ意味がわからなかったけど

今なら、理解できる。



人魚姫は、美しい声と引き換えに足を手に入れた。

でも声を失い、足に痛みを抱え、

憧れの王子に気づいてもらうことが出来なくて

結局、自ら身を投げる道を選んだ。



想いを叶えるには『代償』を払わなきゃいけない時がある。

しかも、その代償を払っても、叶わないこともある。



想いを叶えるって、こんなにも難しいのか。



私は、そのことを実感しながら、本を閉じた。





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「お兄ちゃん!!」




「ほら、起きて!」




「また学校遅刻するよ!」




『うーん…』



まぶたを開けると、ボヤケた視界に、

大きな目と鼻筋の通った綺麗な顔が映る。



『おはよ。和』



「早く着替えて」

「朝ご飯出来てるって」



『わかったー』



制服に着替え、

二人並んでトーストを食べる。



『はい』


「ありがと」



いちごジャムを渡して、

自分はマーガリンを塗る。



カリカリのトーストを食べたら、

支度をして、カバンを手に取る。




手を繋いで、学校への道を行く。

高校生にもなって、と周りから言われることもあるけど

昔、車にひかれそうになった和を助けた時から

僕らからすれば、当たり前の習慣だ。



『あ、和』

『傘、持ってきた?』


「なんで?」


『今日、夕方から雨だ、ってテレビで言ってた』



「え?!持ってきてないよぉ…」



『大丈夫。』


『お兄ちゃんが傘、入れてあげるから』



「やったぁ!」


繋いだ手を一旦離して、

腕を組んで繋ぎ直す。


「お兄ちゃんも、こういう時には役に立つよね〜」



『なんだよ、「こういう時には」って』

『一言多いんだ、よ』


空いた方の手で、おでこにデコピンをかます。


「痛っ?!」

「こらー!妹をいじめるなぁ!」


頬をむくれて怒る和。



まぁ、そんな姿も愛おしいんだけど。



そんなことをしていると、学校が近づく。

登校口で分かれて、お互いの教室に向かう。



"本当、お前と和ちゃんって仲良いよなー"


『おはー』


友達から声をかけられる。


『そう?普通だと思うけど…』



"絶対普通じゃねぇよ"

"手だけじゃなくて腕まで組んで、一緒に登校って…"


"端から見たらカップルにしか見えないぞ"


『そうかな…』



"はぁ…全く…"


ため息をつかれる。


正直、心外だけど

人には人の見方があるし。


そう思って窓を見る。



曇ってはいるけど、昼までは持ちそうだな。


昼休みにある楽しみを考えながら、

僕は、意識を黒板に戻した。




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鉛色の空の下、僕と和は

屋上の貯水槽の柵にもたれかかって

お弁当を開いていた。




『いただきます』


楕円形のお弁当箱には、色とりどりのおかずがいっぱい。


僕と違って、早起きの和は

いつもこうやって、お弁当を作ってくれる。



「自分の作るついでだし」

とか言いながら、しっかり僕の好みを反映している辺り、

本当に出来た妹だな、と思う。


妹を通り越して、別の感情が見えることもあるけど

それは、心の奥底に、しまっておくことにした。




お弁当の半分を食べ終えた頃、

空気の匂いが変わった。


僕は和に声を掛けた。



『和。続きは教室にしよう』



「え?なんで?」


『多分、すぐに雨が降る。』





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お兄ちゃんの予感は当たった。



なんでわかったのか、理由を聞いたら


『うーん…匂い?』



凄いことだと思うのに、飄々としている。

そんなお兄ちゃんが好きだ。





放課後、お兄ちゃんの折りたたみ傘に入り

二人並んで家に帰る。


右肩を濡らして、私を守るお兄ちゃん。


私はたまらず、聞いてみた。



「ねぇ、お兄ちゃん」


『ん?』



「お兄ちゃんって、なんでそんなに私に優しいの?」


『当たり前でしょ?』



『和は』



『僕の大事な』




『妹なんだから』





そっか。やっぱりそうだよね。



でも本当は、気づいてほしい。



私の想いに。




もちろん、いけないことだって、わかってる。



でも、私は


お兄ちゃんに、恋をしてしまった。






お願い。


早く気づいて、私の想いに。




私が、裸足の人魚になる前に。

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