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僕にとっての、パーフェクトスター

"パーフェクトスター"

文化祭の舞台の上で、左手でマイクを持ち
右手の小指を立て、大きく上に掲げる理々杏。


そう。

僕にとっては
彼女は「パーフェクトなスター」だった。

表舞台に立てば、沢山の声援を浴びる。

どんなに辛い時でも笑顔を忘れないし、
影では地道な努力も欠かさない。

彼女の周りには、いつも人が溢れていた。

そんな彼女に、憧れや密かな想いを持つ人も
少なくなかった。

かくいう幼馴染の僕も、その1人だった。


僕も理々杏も、両親は柵の中で働いていて、
家を空けることがしょっちゅうあった。

小さい時からお互いの家を
行ったり来たりしていて、

理々杏のおままごとに付き合ったり、
カードやゲームをしたり、
帰り道の公園で、暗くなるまで遊んでいた。


ある日、理々杏の家で遊んでいた時

『私ね、最近これにハマってるんだ!』
そう言って、ウォークマンを手に取る。

「あー、そういえばお父さんに買ってもらったって言ってたね」

『お気に入りの曲があるの!』
『ねぇ、一緒に聞こ?』

イヤホンを片方だけつけて、耳を傾ける。


女の子たちが、最後の夏を
全てをさらけ出して、思いっ切り楽しむ。

明るいサウンド。

ふと浮かんだのは、
家から見える、透き通った青空と
この前二人で行った、白い砂浜。

何となく、理々杏に似合う曲だな、と思った。

『どう?いい曲でしょ!』

「うん!楽しくていいね」

『でしょでしょ!』
『最近、このアイドルにハマってるんだよね〜』

それから理々杏は
僕にCDを貸してくれたり、
買ってもらったばかりのスマホで
一緒に動画を見たり、
理々杏の熱に、僕も徐々に引っ張られていった。

僕らの町からは、ライブや握手会は凄く遠くて、
直接会いにいくことは出来なかったけれど、
今の僕には、ちょうどよい距離感だった。

でも、理々杏の熱量と
アイドルに対する憧れはどんどん大きくなって、

中学生になった頃には、

『舞台の上に立ちたい!』と

歌やダンスのレッスンに通うようになった。

その頃からだ。
理々杏が輝き始めたのは。

どちらかというと大人しかった方の理々杏が、
気がつけば、沢山の友達に囲まれていて。

厳しいレッスンを積み重ねても
キラキラとした笑顔は欠かさなくて。

何時からか理々杏は、
僕の隣にいつもいる存在から、
目で追いかける存在になっていた。

でも、
理々杏は優しいから、
僕との距離感を、保ち続けてくれていた。

<幼なじみ>として。

そんな理々杏とは違って、
僕はずっと、変わることが出来なくて。

いや、正確に言うと、
「僕の心」以外が変われなくて。

今もこうやって、上手のPA卓から
理々杏を見つめている。


ステージを終えた理々杏が戻ってきた。

全力を出し切ったのか、
笑顔はいつもより爽やかだ。


『ねぇ?今日のステージ、どうだった?』

「うん、良かったよ。」

『この前の衣装をアレンジしてもらったんだ!』
『どう?!』

「凄く似合ってる。」

肝心な言葉が、つっかえて出てこない。


「かわいいよ」

「綺麗だね」

いや、そうじゃない。


「好きだよ」

この言葉を口に出せないまま、
僕は、バックヤードに消える理々杏を
見送るしかなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


それからすぐのことだった。

理々杏が東京に行くらしい、
という噂を耳にしたのは。

何となく予感はしていたけど、

本人の口から聞く限りは、
信じないことにした。

でも、理々杏はあっさりと
僕に真実を告げた。

長い時間、一緒に過ごした公園で。

『アイドルになりたくて。』

『見て、これ。』

理々杏の右手には
"最終審査のご案内"と書かれた紙。

アイドルグループの名前は、
僕らが見ていたのと、同じだった。

審査の場所は
言わずもがな、東京だ。

『あの時、出会った時からずっと、目指してた。』

『あの舞台に立ちたい、って。』

『もちろん、諦めなきゃいけないことも沢山あると思う。』

『沢山、努力しなきゃいけないと思う。』

『これが最初で最後かもしれない。』

『でも、もう、決めたから。』

『ボクは。』

理々杏は、
僕の手の届かないところまで、行ってしまう。

きっともう、ちゃんとした形で会うことも
難しくなるかもしれない。

後悔だけは、したくなかった。


変わることの出来ない、自分が嫌だった。

自分の心に嘘を付く、自分が嫌だった。

本当の意味で変わりたかった。

だから、僕は

一世一代の決心をして、

運命を賭けることにした。


「あ、あのさ…」

「実は、理々杏の」


僕の運命を告げるように、
戦闘機が爆音を轟かせ、僕らのいる公園の上を通過する。

戦闘機が飛び去っても、
理々杏は、いつものキラキラした笑顔のまま。

僕は自分の運命を呪った。
もう、どうでもよくなった。

「こんな空なんか、さっさと無くなってしまえばいいのに」

僕はただ、虚空に
自分の心をぼやくしかなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーー


テレビには、夢を叶えアイドルになった
理々杏が映っている。

今日もまた、とびきりの笑顔で
沢山の人を魅了している。

それに比べ、自分はどうだろう。
夢も無く、かつての望みも叶うことなく、
両親と同じ仕事に就き
ただただ現実を消耗している。

理々杏に想いを告げた時から、
あの時のような空が嫌いになった。
なのに、その空を作る仕事に就くなんて。

そんな現状から目を逸らすように、
紙パックの安い日本酒をグラスに注ぎ
お気に入りの煙草を吸う。

感情を無にし、虚を見つめていると
玄関のチャイムが鳴った。

「ん…?ネットで何も注文なんかしてないぞ…」


扉を開けると、そこには


テレビに映っているはずの人が
いつもの笑顔で、そこに立っていた。

『来ちゃった』

テヘっと言わんばかりの理々杏に
僕はただ、あ然とするばかり。

『久しぶり』

「何だよ、急に」

『なんか、会いたくなって』

『ダメ?』

「駄目だろ。一応立場が立場なんだから」

『それはわかってるよ』


『でも、あの時の言葉をさ』

『もう一度、ちゃんと聞いておきたくって』


「え」

まさか、と言いかけた矢先

理々杏は僕に抱きついてきた。

『ん…タバコくさっ』

『ちゃんと禁煙してね、匂い移るの嫌だし』


『ボクがアイドル辞めたら、一緒に住むんだから』

『それぐらい、守れるよね?』


僕は返事の代わりに、強く抱き返した。

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