ちょっと嫉妬心強めの彼女と過ごす、初めてのバレンタイン。

2月14日。

今までは、通過儀礼的に捉えていた
この日も今年は違う。

彼女がいる、というだけで
こんなにも景色が変わるものなのか。

まぁ正直、浮かれているとは思う。

それでも、嬉しくてたまらなかった。

『おはよー』

「おはよう、アルノ」

『そういえばさ、今日古典のテストだよね？』

「え？そうだっけ？」

『今日だよー！それヤバくない？』

「だよね…アルノ、学校着いたら出題範囲教えて！」

『いいよ。』

「お、ありがと！」

『じゃあその代わり、今日の購買おごってね』

「えー、またかよ」

『別にいいじゃん、彼女なんだし』

「それとこれとは関係ないだろ」

『じゃあ今日のテストの範囲、教えないし』

ぷい、っとそっぽを向くアルノ。

「はぁー…わかったよ…」

アルノとは、付き合う前から
いつもこんな感じで
学校への道を歩いている。

でも、付き合いたての頃にあった
何となくのぎこちなさは取れてきたから
これはこれで良かったのかもしれない。

「でもさー、よりにもよってテストを今日にしなくてもいいよな」

「どうせみんな浮かれてんだし」

『まぁ確かにね』

『ねぇ、まさか他の子から貰ったりしないよね？』

「別に大丈夫だよ。去年も無かったし」

『でもさ、付き合ったら雰囲気変わるっていうじゃん』

『もし貰ったら、許さないから』

「いや、流石に断ったら怪しまれるでしょ」

『でも、まだバレたくないし…』

「大丈夫だって。」

「俺は、誰から貰ったとしても、アルノしか見てないから。」

『わかった。じゃあ、信じる』

頬をほんのり染めて、アルノは答えた。

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彼と付き合って、初めてのバレンタインデー。

当然、気合いが入る。

失敗なんて、もってのほかだ。

でも、不器用でどんくさい私に、
器用なものは作れない。

そこで選んだのは、トリュフチョコ。

比較的簡単なレシピらしい。

そのはずだったが、いきなりつまづいた。

ミルクチョコを、細かく刻めない。

でも溶ければ一緒でしょ、と思って
結局、力技で砕いた。

次は、生クリームを沸騰直前まで温める。

何となくであろうタイミングで
耐熱ボウルに放り込む。

チョコが固まらないように
ヘラでかき混ぜていると

"あら、手作りチョコ？"
"アルノにしては珍しいわね"

お母さんから声をかけられた。

"もしかして、好きな子でもできた？"

半分当たりで、半分外れ。

『まぁ、間違ってはないかなー』

"せっかくなら、彼氏さんに可愛いとこ見せんのよ"

そう、お母さんは耳元で囁くと
リビングの向こうに消えていった。

一瞬びっくりしたけど、
まぁ、答えを言ってるようなもんか。

冷やしたチョコをスプーンですくって、
丸めながら考える。

家族や友達に作ることはあったけれど
彼氏に作るのは、当然初めて。
気合いを入れて作る以上、
彼にも、感じて欲しかった。

私の気持ちに。

重いと言われるかもしれないけど。

でも、自分の性格的に、
それを思いっ切り出して
彼に甘えたりするのは、違う気がして。

ちょっとイジワルしたくなった。

「わざわざ貰うな、とまで言ったんだから」
「期待していいんだよな？」

『さぁ、どうだろーねー？？』

『今日の行動次第かなー』

「なんだそれ」

笑って呆れる彼。

心配と嫉妬心を隠せてないのは知ってる。
でも、それぐらい、彼のことが好きだから。

だから、許せなかった。

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教室に着き、机に座ると

"おはよ！"

「おはよ、菅原」

"はい、これ！"

渡されたのは、小さな包み。

「何？チョコ？」

"そう！たまには、ね！"

「何だよ、その"たまには"ってのは」

"いや、あの…いっつも宿題見せてもらってるからさ！"
"そのお礼というか、何というか…"　

ごもごもと口ごもる菅原。

「なるほどね。それにしてはずいぶん小さい包みだねぇ」

"なにぃ？！足りないって言うのぉ？！"

ケラケラと笑う俺。

まぁ、文句を言ってもしょうがない。
ここはありがたくもらっておこう。

菅原が俺の席を離れると

'先輩！'

と言う、聞き覚えのある可愛い声。

「お、彩じゃん！おはよ」

'先輩！ハッピーバレンタイン！'

「嬉しいなぁ、ありがとう」

無邪気な彩の笑顔に
つい、笑みがこぼれる。

そう、後ろから
アルノが見ていたとも、知らずに。

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放課後の教室。
怒りの感情をあらわにしたアルノが
俺の真正面に立つ。

『ねぇ。何で私が怒ってるか、わかってる？』

「まぁ、何となく」

『何となくじゃないでしょ！今朝の約束は？？』

「いや、守ってるじゃん」
「俺は誰から貰ったとしても、アルノしか見てない、って」

『その言葉が信用ならないから言ってんの！』
『何なのあれ、あーやにチョコ貰った時の顔！』

『すっごくニヤニヤしてたし！』
『とても、私しか見てない、とか言う人の表情じゃなかったんですけど』

「いや、あれは誰だってそうなるだろ」
「アルノだって、大好きな彩から貰ったらそうなるだろ」

『それとこれとは意味が違うの！』

「なんつー暴論だよ」

『暴論じゃないでしょ！！』

　
はっ？ムカッときた。

「アルノ。正直、重いわ」

アルノの表情が変わった。

あっ。
今のはマズかったか。

そう、後悔しても遅くって。

『あっ、そう。』

『じゃあ、もういい。』

アルノは、教室を出ていった。

俺たちの最初のバレンタインデーは
余りにも苦い、後味だった。

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家に帰っても、後悔が残ったままで。

直ぐにでも謝りたかった。

でも、自分のちっぽけなプライドが
それを邪魔して。

俺の脳内が絞り出した結論は、

「さっきは本当にごめんなさい。」
「明日の放課後、教室に残ってくれませんか。」

というメッセージだった。

放課後の教室。
複雑な表情を抱えたアルノが、そこにいた。

俺は開口一番、

「ごめん！」

ただただ、謝った。

『こっちこそ、ごめんね。』

『昨日、言われて考えたんだ。』

『確かに、重かったなって。』

『でも、許してほしい。』

『だって、それだけ大好きだから。』

「うん、それは十分わかってる。」

「だから、もう、アルノを悲しませないように、
これから色々考える」

『ありがとう』

『はい、これ。1日遅れだけど』

差し出したのは、ハート形の箱に
<だいすき>と付箋が貼られた
チョコレートだった。

「アルノ…」

「作ってくれたんだね」

「誰よりも嬉しい。ありがとう」

「あのさ、改めて思った。」

「あんなこと言ったけど」

「どんなアルノも、大好きなんだなって。」

「だから、そのままでいい」

『ありがとう』

『じゃあ、約束して？？』

『私のこと離したら、絶対に許さないんだからね』

そう言って、俺の胸に飛び込んできた。

俺たちのバレンタインデーは、まだ続いていたらしい。