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あまねく自他を利するもの…本当の豊かさとは?

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  今回は、利他について考えてみたいと思います。

 利他というのは字のごとく他の人びとを利することで、岩波仏教辞典によると「他の人びとを利益し、救済につとめること。自利の対」とあります。

 利他の心で他の人びとのために奉仕することは素晴らしいことですが、それなりに余裕がないと長く続けることはできませんから、他の人を利すると同時に自分の利も得られるようにする必要があります。そこで「自利利他」というように「自ら利益を得ることを自利、他人を利することを利他といい、この両方を兼ね備えることが大乗仏教の理想とされる」(同辞典)わけです。

 ここでの利益は「りやく」と読みますが、ご利益(ごりやく)とか現世利益(げんせりやく)というように、宗教的な意味での徳分はもちろん、人徳や信用・信頼などの社会的評価、喜びや安らぎ・感謝といった情緒的なもの、そしてまた会社の利益や利得というような経済的なことなども含めて広く捉えるといいのではないかと思います。

 では具体的に自分の利と他人の利の両方を兼ね備えるにはどうしたらいいのでしょうか。

 そこで、今年2月に放送が始まったNHKの大河ドラマ「晴天を衝け」の主人公、渋沢栄一の残した言葉から自利利他について考えてみたいと思います。

 埼玉県出身の渋沢栄一は幕末から昭和の初めにかけて活躍した実業家ですが、大蔵省を退官した後に第一国立銀行(現在のみずほ銀行)を設立、その後生涯にわたって約500もの企業に関わるなど、近代の日本経済の基礎を築き、「近代日本経済の父」と称されています。

 彼が設立にかかわった企業には、東京海上日動や帝国ホテル・東京ガス・東京証券取引所など現在の日本を代表する企業がいくつもあるのですが、同時にまた多くの名言も残しています。

 その中の一つに、
「他人を押し倒してひとり利益を獲得するのと、他人をも利して、ともにその利益を獲得するのと、いずれを優れりとするや」
というのがあります。

 他人を倒して利益を独り占めするのと、他の人の利益にもなるようにして、ともに豊かになるのと、どちらが素晴らしいのでしょうか?

 その答えは、
「できるだけ多くの人に、できるだけ多くの幸福を与えるように行動するのが、我々の義務である」
という氏のことばに自利利他の具体的な行動指針が表れているように思います。

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 さて、鎌倉時代に曹洞宗を開いた道元禅師の著作に『正法眼蔵』という大著があるのですが、後年それを編集し『修証義』という経典がつくられました。その第四章で自利利他について説かれている箇所があります。

 「利他を先とせば自らが利省かれぬべしと、しかにはあらざるなり。利行は一法なり、普く自他を利するなり。
 =(他の人の利益を優先すると自分の利益が損なわれると考えてしまうだろうが、そうではなく、他の人の利益も自分の利益も同じことで、あまねく自分と他人の利益になることである)」と。

 実際、渋沢栄一が利他の理念でもって設立にかかわった企業が、100年以上たった今でも日本を代表する企業として存続していることが、利他心とその行いの正しさを示しているといえるでしょう。

 残念がら、現在世界では巨大企業による市場の独占が進み、また自国中心主義を掲げる国が増え、人々の間には自分ファーストの価値観が広がるなど、世の中はともすると「他人を押し倒して利益を独り占めする」方向に進んでいるように感じられます。

 しかし、本当の豊かさは自利利他を兼ね備えた行いによってもたらされるものです。そしてそれは渋沢栄一のような実業家だけができることなのではなく、私たちもまた自分と他人の幸せのために、日々の生活や仕事を通して実践することが出来ることなのです。



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