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L'inné = 生来のもの、SLOW/FAST価値軸

最近のテーマの一つは、穀物/果実によるSLOW/FASTの対比グラデーション。
穀物は生物にとって時間をかけて消化すべき乾物であり、腹持ちはよく保存性もよいが、その一方で“火”“発酵”の発明がなければ活動領域を制限しうるSLOWなエネルギー源。
一方で、果実は果皮に守られているが基本はFASTな作物。

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果実酒の深淵の一つフランスで酒造りするにあたり意識したのは、「穀物の果実化」。その主役は、溶解糖化や酸生成に貢献する《麹(黄・白)》。そして水。米を磨くことなく、果実酒に通用するPOPな表現を磨く数年間だった。
穀物酒SAKEは長いこと果実に憧れた。皮を削り精米を極め、100年かけて白ワイン的領域を発達させた。SLOWからFASTへ。生酒や新酒を支える技術基盤がそれを加速させ、極点までいきついた時代。

一方、果実酒は宿命に抗いSLOWを手にするため、果実果汁だけでなく果皮や種や茎に近い部分まで活用してポリフェノールで防御しながら、樽熟成・2次発酵など技術を絡め、ヴィンテージで時間を価値に変換し続ける資産化に成功した。

それぞれの高みには陰陽の側面があり、業界構造や時代の要請とともに次の動きが発達する。双極からの波の揺り戻しが、どちらでもない間(あわい)の領域を互いに目指し始める。
FASTの過程で単純化された“複雑さ”を、SLOWで身動き取りづらくした重厚感は“軽さ”を希求して、次の新しさは「軽くて複雑なもの」を相互に空白地帯を埋めるように融合し、矢印が交差していく。

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SAKEは、生酛・木桶に代表される心地よいノイズが洗練性と同居していく。アッサンブラージュ、樽熟成など元来持っていた技術群も相対化され再定義され時代をつくっていく。Botanical SAKEは、ポリフェノールを獲得し、色彩をより複雑にしていく。

WINEは、Rougeの重厚感から市場を奪うRoséの存在。Blancから派生し、インスピレーションを産み続ける液体Orange。あるいはJauneも。OldとNewの大きな振れ幅はありつつ、貴族から農家へ潮流は移動していく。

「憧れるのをやめる」
ある意味では“生来のもの(L'inné)”に向き合う。

宮大工の世界のように、寿命を超えた時間軸でものづくりをすることは、SLOWな穀物がFASTの極致まで目指せた今、再び本来の価値観《SLOW》を取り戻し見直す象徴のひとつになる。
穀物の持つ本能的な落ち着き、時間を約束する世界。米以外の素材として、大麦・蕎麦といった炭水化物源を麹にしていくことは、あらゆるものを果実化させる取り組みである一方、忘れられていた穀物の本分に向き合わされる。

ものづくりとしての時間の射程距離。茶の世界に学んだ逆算の“一瞬の芸術”を、SAKEの世界に拡張し、穀物から水で抽出し茶を淹れるように液体を形成しつつ、目の前にない未来に向けた表現を込める。SLOW = SAKE、ここに人生のテーマを捧げていきます。

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