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【小説】酒娘 第壱幕#018

第拾捌話 都を護る者

ここは神国日本奉酒連合司令部の隣にある5つ星ホテル。60階建ての最上階ロイヤルスイートルーム。

「美味い、美味いにゃあ…!!さすが一流ホテルにゃ!ボクちゃん満足満足!!」

ルームサービスで出されたご馳走をたらふく食べ終わってすっかりご満悦の月読命ツクヨミは、スマホのバッテリーが切れたのを忘れていた事を思い出し、充電器に繋げた。

「はにゃ?着信にゃ。セイメイからにゃ。」

「セイメイ殿からでございますか?いったい何事でしょう?」

天鈿女命アメノウズメは、一度やってみたかったと言いながら、食後のカプチーノにラテアートを施していた。
なかなか思うように行かず既に20杯ほどテーブルに並んでいた。

着信を知らせるSMSが数件。
そして留守番電話のメッセージが表示されていたため、月読命はメッセージをスピーカーモードで再生した。

『-月読命様、申し訳ございませぬ。何か良からぬ空気がこの京に迫っております…!メッセージを聞かれましたら折返しご連絡を頂戴仕りたく…

-2番目のメッセージです。3月10日水曜日、午後3時25分-
-……様…ザザッ…しを…ザザザザ…ございませぬ……

-メッセージは以上です。このメッセージを消去する場合は1を…』

メッセージを聞いた月読命は背筋に一筋の汗が流れるのを感じた。
京の都の守護責任者は月読命であり、それを任命しているのはそう、月読命の姉であり創造主天照大神アマテラスである。
月読命の脳裏に過去の恐ろしい記憶が蘇ってくる。そう、姉の鬼の形相と迫力。
こんな月読命でも二度と姉を怒らせる事はしまいと心に誓う程の…


-842年前-

「月読命、オレは姉さんの命で関東へ行く事になった。」

剣術の稽古が終わり、汗を洗った上着を絞りながら、大の字で瀕死の状態になっている月読命に向かって須佐之男命スサノオはこう言った。
すると今までのダメージが嘘のように超回復した月読命が目を輝かせながら兄である須佐之男命に飛び付いた。

「兄さん、何をしに行くのだ?関東…!!荒くれ者の坂東の地かぁ。」

「おい、離れろ暑苦しい。遊びに行くでは無いぞ?厄介な任務だ。」

須佐之男命に無理矢理引き剥がされた月読命であったが、勝手に冒険の匂いを感じ取り須佐之男命の周りを飛び跳ねながら兎の様にまとわりついてくる。

「厄介…で、姉さんは何を兄さんに命じたのだ?」

須佐之男命は妹のテンションの高さにこのお転婆な妹に話をした事を若干後悔しながら、しかし誤魔化そうでもしたらそれこそ手がつけられなくなるので、仕方なく任務の内容を話す事にした。

「南都焼き打ちの件はお前も聞いているだろう?」


-南都焼き打ち

それはこの時代、人間界の栄華を極めた平清盛たいらのきよもり公が晩年に行った、神々に対する冒涜。
後の世に人々はこの惨状を
『天竺・震旦にもこれほどの法滅あるべしとも覚えず』
と言い伝えるほどの惨劇であった。
およそ3,500名余りの僧達が犠牲となり、数十の寺が焼失した。
通常滅多な事では人間界に介入することの無い神々であったが、数多あまたの神々からの訴状を無視する事も出来ず、それを天照大神が受け入れ、清盛と清盛に連なる者共は神に仇なす存在として神罰を与える事が決定した。
同時に、人間界の秩序を保つため新たなリーダーを見定める必要があった。
驕れる平家を滅したのちの世を平定させる勢力。天照大神を中心に神無月以外の月では異例、数百年ぶりに臨時に開催された神々の会議かむはかりでは数名の候補が挙げられた。
甲斐国で勢力を持つ武田信義たけだのぶよし、鎌倉で挙兵した源頼朝みなもとのよりとも、奥州にて着実に地盤を固める藤原秀衡ふじわらのひでひら。この3名のうち、誰が相応しいリーダーかを見極めるために、それぞれの地に武神の加護を与える事となった。
武田信義には建御名方神タケミナカタが、源頼朝には須佐之男命が、そして藤原秀衡には思金神オモイカネ天手力男神アメノタヂカラオが派遣される事となったのだ。
それぞれの神が与えられた任務は平家の殲滅。それを行う人間に対して最大限の神の加護を与える事が許された。


と、須佐之男命はここまでの経緯を月読命に説明したが、月読命は顔を真っ赤にして

「兄さんだけずるいのだ!ボクも行くのだ!!」

「おいおい、先程も言ったが遊びに行くのでは無いんだぞ?これはこの先の人間界にとって重要な任務だ。失敗は許されないし公平性を欠くような事もならんのだ。」

月読命は諦めきれずに須佐之男命に食い下がる。

「でも…でも!!何で思金神が選ばれてボクが選ばれないのだ!?あんな辛気臭い守銭奴しゅせんどよりもよっぽどボクの方が…!」

月読命がそこまで言いかけた時、突如として天から巨大な氷柱が月読命に襲いかかる。

「はにゃ?!」

すんでのところで回避し、起き上がろうとする月読命に冷たい声がかけられた。

「だーれーがー守銭奴だって?」

気が付くと氷柱の上に冷気のオーラを纏う思金神が立ち、月読命を睨みつけていた。やれやれと言った表情をする天照大神も一緒だった。

「ボクは本当の事を言っただけたのだ!氷菓子でぼろ儲けしてるのにこのボクからも代金を請求しようとしてくるなんて守銭奴ではないか!」

「当たり前だ!!1年分の在庫を全て食らい尽くしおって!おかげで商売あがったりだわ!」

「食べてみるか?と言ったのはそちではないか!!」

「一口食べてみるか?と言ったのだ!それをこちらが席を外したほんの数分で…どんな胃袋をしていやがる…」

「はいはい、そこまで!!」

ものすごい剣幕で遣り合う2人の神。このままでは溢れ出す神力により地上で天変地異が起きる寸前であったため、程よいタイミングで天照大神が仲裁に入った。

「月読命、貴女相変わらず甘い物の事になると見境が無いようね。はぁ…困った子。思金神、妹の粗相は姉である私の不行き届きだわ。貴女が受けた被害は弁償します。」

「姉さん、それは甘過ぎるぞ?そんなんだからこのお転婆娘は成長せんのだ。」

この遣り取りを黙って聞いていた須佐之男命が、苦虫を噛み潰したような表情で姉である天照大神に言った。

「あら、この子がお転婆なのは都の守護職をサボっている妹に武芸の稽古をつけている須佐之男命、貴方にも責任が無くて?」

天照大神は優しげな笑みを称えているが、その口調からかなりの怒りを感じ取った須佐之男命、月読命の両名は冷や汗を流しながら口を閉じた。横にいた思金神に至っては、天照大神の迫力に気を失いかけていた。

「月読命、貴女には都の守護という大事な役目があります。決して兄様について行こうなどという馬鹿な考えは持たぬように。
良・い・で・す・ね?」

ドスの効いた語尾に月読命はシュンと項垂れ

「分かりました、姉さん…」

そう力無く答えるしか無かった。

「うふふ。良い子。それと須佐之男命、貴方はこんな所で何時までも油を売っていないで早く任務につきなさい。」

「分かってますよ姉さん…ちっ、とんだとばっちりだぜ。」

そう言いながら須佐之男命は関東へ旅立って行った。

「では思金神、奥州出立の作戦会議をいたしましょう。天手力男神が待っています。」

「は、はい。天照大神様…」

思金神は天照大神の迫力に完全に委縮していたが、彼女へ課せられた今回の任務は非常に重要なものであった。
奥州藤原氏の建立した金色堂、守銭奴には守銭奴を。天照大神は一線を越える富の集中を警戒していたため、思金神にこれ以上の増長を見張らせる裏ミッションを課していたのだ。

天照大神達が去った後、月読命はしばらく落ち込んでいたがどうしても諦めがつかない彼女は冷静さを取り戻し思考を巡らせる。

(都の守護をボクの代わりに誰かにやらせちゃえば良いではないか?うむ、姉さんにバレなければ良いのだ。ムフフ…)

こういう時の悪知恵は天下一品である。
こうして召喚された安倍晴明セイメイ源頼光ライコウ。そしてライコウに従う四天王。
彼等は月読命に忠誠を誓い神の地位を得た。
そして、不在がちな月読命に代わり…と言うよりほぼ仕事を放棄している月読命に成り代わって都を守護する事となる。

そして…無断で須佐之男命の後を追った月読命は偶然源義経みなもとのよしつねと出会った。そして義経は月読命と意気投合し、彼女の守護を受けた義経は、月読命が姉である天照大神に見つかり大目玉を食らって都に連れ戻される迄の間、破竹の快進撃で平家を滅亡へ追い込むのはまた別の話である。

続く


第十八話完走しました!
今回は清明と頼光、頼光四天王が月読命に仕える事になるまでを書こうと思ったのですが、
前段が長くなり過ぎてしまいました💦

神々達のキャラが濃すぎて酒娘が薄まってしまっている感がある事に若干の不安を感じますが、これからも応援よろしくお願いします🙇🏻‍♂️

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