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【小説】酒娘 第壱幕#017

第拾漆話 髭切りの綱

「ライコウ様!!みなでライコウ様をお助けしろ!!」

ライコウ四天王の1人、ツナがそう命じると数名の男神がハシヒメ目がけて突進していく。そしてツナ自身も自らの身の丈よりも大きな太刀をライコウの手足に絡みついたハシヒメの触手のような髪に振り下ろした。

『ガキンッ!!』

激しい金属音とともに大きな火花が散った。弾き返される大太刀。ツナは一瞬ではあったが後ずさった。

「ちっ!何なんだこの硬さは!」

「おーっほっほっほ!!久しく見いひんうちにえらい軟弱になられましたなぁツナはん?」


そうこの男こそ、生前は渡辺綱わたなべのつなと言う名で数々の鬼退治を行った男。その太刀は髭切りの太刀、またの名を『鬼斬丸』と呼ばれ、その太刀を見ただけで鬼が逃げ出すと言われる程である。
月読命ツクヨミがセイメイ、ライコウを京の守護者として召喚した際に、ライコウの配下としてツナ、キントキ、スエタケ、サダミツの四天王も同時に神格化し、中でもこのツナはライコウが最も信頼を寄せる人物である。

月読命がセイメイ達に京の護りを任せたのは、表向きには京が八百万の神々にとって最重要な地であり、且つ古の悪霊や怨念を封印するために高度な祓力が必要だったから…とされているが、実は天照大神アマテラスに京の守護を命じられた月読命が、自分がサボりたいがために京を留守にしている間、密かにセイメイ達に京を守護させていた…といういかにも月読命らしいエピソードがある。

後にそれを知った天照大神が激怒した事は言うまでもない事だが、セイメイ達の勤勉な働きに天照大神は大いに感心し、特例ではあるが神として認めた…という経緯がある。
そのため、彼らは人間とは比べ物にならない強大な力を手に入れた。
しかし、そのツナの攻撃が簡単に弾き返されてしまうほどハシヒメの力は増大していた。


ツナと同時に突進した男神達はみなハシヒメの触手のような髪に捕らえられ、締め付けられていく。

「ぐあああっ!!ライコウ様!!ツナ様!!
離せ!!」

「活きのいい男衆どすなぁ。おっほっほっほ!!ほら、もっと妾の近くに来なはりや?」

ハシヒメは髪を自在に操り、捕らえた男神達を自分の目前にまで近づけ、真っ赤な唇から不気味に蠢く長い舌を出し、男神の顔を舐め回しながらこう言った。

「妾はどうかえ?美しいかえ?」

「ひっ!!ば、化け物が!!」

思わずそう反応した男神の言葉に、ハシヒメの表情がみるみる鬼の形相に変わっていく。

「美しいと…美しいと言えぇぇぇ!!!」

そしてそのまま胸の谷間に大きく開いた口に男神を放り込んだ。
バキッボリッと骨が砕ける音。
捕らえた男神を次から次へと捕食していくハシヒメを前に、ツナは太刀を構えたまま動けずにいた。

「き、貴様ぁぁ!!」

「おーほっほっほ!!若い男の血肉はいつ食べても美味どすなぁ。力が漲って来る感じがたまらんどす。ウットリしてまいおすわあ。」

数名の男神を完食したハシヒメは更に妖力を増大させていき、その姿は最早人外…顔には無数の眼、爪は鉤爪のように鋭く伸び、頭と胸の辺りに大きく開いた口。
そして蠢く髪は更に強度を増し、ライコウを締め付けた。

「ライコウはんはさぞ美味しゅうお方でっしゃろなあ。おっーほっほっほ!!」

ハシヒメに捕らえられたライコウは既にその触手のような髪から精気を吸われ、ぐったりと項垂れていた。

(ライコウ様…!!このままではライコウ様が…)

歯軋りをしながらその様子を見ているだけしか出来なかったツナの額に一筋の汗が流れた時。
後ろから玉乃光たまのひかりの声がした。

「ツナ様!!これを!!」

伏見サケ娘衆の玉乃光がツナに向かって投げ渡した黒い徳利。

「あらばしり、今年の新酒にございます!!我等伏見サケ娘衆の祈りも込めておりますゆえ、その太刀に!!」

その言葉にはっとしたツナは、一条戻橋いちじょうもどりばしで茨木童子の腕を斬り落とした時の記憶を呼び戻した。
そして口に含んだ新酒を髭切りの太刀に吹きかけた。

(ふっ、拙者とした事がついつい力に頼ってしまう癖が。心を鎮め…悪霊退散!!)

「ありがとうよ!!玉乃光ちゃん!!
はぁぁぁ!!鬼斬り!!」

「ぎゃああああ!!妾の髪がぁ!!」

神力が纏い金色に輝いた髭切りの太刀を再度振り下ろしたツナは、ライコウを捕らえていた髪を斬り落とした。

解放されたライコウを受け止めたツナは、精気を吸い取られたライコウの口に玉乃光ちゃんから受け取った酒を流し込んだ。

「うっ…ゲホゲホッ!おぉ、ツナ…か。かたじけない。ぐぅぅっ!!」

意識を取り戻したライコウであったが、顔色は血の気が引いたように白く、ハシヒメの髪に拘束されていた手足には酷い火傷のような跡が残っていた。

「ツナ様!!ライコウ様の手当ては我等サケ娘にお任せくださいませ!!」

「うむ、頼んだぞ!!さぁて化け物め、ライコウ様に代わってこの鬼斬りの渡辺綱が相手じゃ!!」

そう言ってツナは玉乃光の酒を一気に飲み干した。
刹那、ツナの身体は金色に輝き凄まじい神力が身体中を駆け巡るのを感じた。

「妾を…妾を化け物と呼ぶなぁぁぁ!!」

ハシヒメから迸る激しい負のオーラがツナに降り注ぐ。

(ぐっ…この禍々しい妖気。受け止めるのが精一杯であるな。しかし!!目標はデカい!今少し…今少し近づければ…!!)

ツナは襲いかかる触手のような髪を見事な太刀捌きで次々と斬り落とし、ジリジリと間合いを詰めて行く。

「よし!今だ!!秘技あらばしりの太刀!!」

サケ娘の祈りを付与した強力な斬撃がハシヒメの身体に直撃し、頭の先から真っ二つに引き裂かれた。

「ギュオオオオ!!!」

ハシヒメだったものは2つに別れ、蠢いていた髪もその動きを止めた。

「や、やったか!?」

「ツナ様!!お見事でございます!!
はぁぁぁ!!燃え尽きろ!!朱の狂炎あかのごうか!!」  

「オオオオオッッッ…」

ツナが二つに斬り裂いたハシヒメにすかさずスザクが炎撃を撃ち込む。
ハシヒメの身体は激しい炎に包まれた。


どの位の時が流れたであろうか。
それはある者は刹那に感じたかもしれないし、ある者にとっては永遠のように長い時だったかもしれない。
ツナとスザクは燃え盛るハシヒメだったものを見つめていた。

「ツナ、良くやってくれた。流石我が右腕よ」

いつの間にかツナの背後に玉乃光の治療を受けたライコウが立っていた。

「ライコウ様!もうお加減はよろしいのですか?」

ツナに声を掛けられたライコウの顔は少し血色が戻ったようであったが、髪に白いものが目立ち、土気色の額には玉のように脂汗が浮かんでおり、誰の目から見ても無理をしているのがわかる程であった。

「ワシとした事が完全に油断しておった。迷惑を掛けたな…」

「迷惑などとは…貴方様に仕える身として当然の事をしたまでにございます。」

「スザク殿もかたじけない。お主の業火に包まれたなら、いかに妖力を増そうが燃え尽きるであろう…」

スザクは自らの放った炎に包まれるハシヒメから目が離せずにいた。
なにか…違和感のようなものを感じたからだ。

「そうであれば…良いのですが。」

スザクの悪い予感が的中する事になるとは、現時点では誰も予想すら出来なかった。

続く


第拾漆話、完走しました🙌
期末でバタバタしており中々更新出来ずでした🙇🏻‍♂️

伏見の激突はいよいよクライマックスへ。
この先の展開もお楽しみに!!

表紙は玉乃光ちゃん

熊野と伏見、両方の神聖な力を活かし
ライコウ達をサポートします。

日本酒は絞って出てくる順番で
呼び名が変わります。

一番最初に出てくる『あらばしり』
中間に出てくる『中取り』
最後に出てくる『せめ』

個人的にはあらばしりが
その酒の特徴をよく表しているなぁと
思っています🍶

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