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【小説】酒娘 第壱幕#003
第参話 降臨する厄災 ー前編ー
稲田姫は後悔した。
そして諦め、絶望した。
男は突然稲田姫を訪ねて来た。
稲田姫は彼を全く疑う事をしなかったのは、その男をこの世で一番尊敬していたからだ。
「稲田姫ちゃん、十四代ちゃんが君をご指名なんだよ。これを一緒にやれるのは君しかいないって。」
「えっ?十四代ちゃんが…ですか?」
「あぁ、十四代ちゃんはずっと君の事を心配していてね…私の所にもいつも相談に来ていたんだよ。私だって教え子の君の力になれるのならと、こうやって一肌脱いで来た訳だ。」
男はそう言って、カバンから秘伝のレシピが書かれたファイルを取り出した。
「これは…!?まさか本物…ですか?」
「そうだよ、十四代ちゃんから君に渡すように頼まれたんだ。稲田姫ちゃんのレシピとコラボする事で今までに無い奉酒が生まれるはず。そしてコラボ部門で神酒GPの頂点を目指そうと。どうだい?やってみるかい?」
男はそう言って、稲田姫に優しく微笑みかけた。
稲田姫は葛藤した。
母に相談しようかとも思ったが、これ以上母に心配をかけたく無かったし、ここ1年何より自分の無力さを痛感していた。
このままでは病床の母の願いを、そしてその生命さえも繋ぎ止める事が出来ない事は分かっていた。
だから、答えは決まっていた。
「私に何処まで出来るか分からないけど…
先生!私…挑戦してみます!!」
こうして稲田姫は、全身全霊を賭けて十四代とのコラボ奉酒醸造をスタートした。
自らと愛する母の将来と、十四代との友情を信じて…
それが全て、大人達の利権と嘘にまみれた
この世で一番醜い罠だったと気付いた時。
稲田姫の純粋な心は崩壊した。
(ごめんね十四代ちゃん…
私…全然疑わなかった。信じてしまった。
十四代ちゃんの提案だって事も。
あの男の嘘だった。
嬉しかったの、大好きな十四代ちゃんと一緒に表彰台に登る姿を想像して。
これで…お母さんも蔵も救えるかもって…
信じた私が馬鹿だった。
もう全ておしまい、何もかも。)
そう独り言のように呟き、涙を浮かべながら祭壇の儀式を呆然と眺める稲田姫は。
世界の終わりを切望した。
「全部無くなっちゃえば良いのに。」
???『その願い、我が叶えよう』
ー3年前ー
稲田姫の蔵元は過疎化が進む山間部にあり、歴史こそあれ最早風前の灯であった。
早くに父を亡くしたため、稲田姫にはほとんど父親の記憶が無い。母親は女手1つで稲田姫を育て上げ、事ある毎に稲田姫に言った。
「お父さんはね、とても立派な人だったのよ。そしてイケメンだったわ笑。あなたはそのお父さんと私の娘。きっといつか立派なサケ娘になれるから自信を持って!」
そして、恐らく父親との想い出を想像しているのであろう、幸せそうな笑顔で稲田姫を優しく抱き締めた。
稲田姫はそんな前向きで明るい母が大好きだった。
そんな母が突然大病を患った。
稲田姫が母の急病を知ったのは国立神国日本酒娘育成学校2回生の夏。
夏休みの直前の事だった。
「授業中失礼。稲田姫ちゃん、ご実家の方から連絡だ。一緒に職員室へ来て下さい。」
担任の教師が突然そう告げた。
稲田姫は嫌な予感がした。
何故なら母以外の親戚は普段あまり交流が無く、母ならば携帯に直接連絡が来る筈だからだ。
「ねぇ、大丈夫?」
隣りの席に座る十四代が心配そうな顔付きで稲田姫の手を握った。
「え?あ、うん…もしかしたら…お母さんに何かあったのかもって…」
その時の顔色がよっぽど青ざめていたのであろう、十四代が稲田姫の両手を取って言った。
「先生、私が付き添って行っても大丈夫ですか?」
「もちろん構わんが、とにかく急いでくれないか?」
担任の教師は全ての状況を知っているため、十四代の提案を何の抵抗もせず受け入れた。
「さぁ、行こう?私が付いているから大丈夫」
十四代は優しく稲田姫の手を取り、彼女の肩を支えた。
この時初めて、稲田姫は自分の脚がガタガタ震えてとても1人では歩ける状態でない事に気が付いた。
十四代に支えられようやく電話機に辿り着いた。
「もしもし?」
『もしもし、稲田姫ちゃん?お母さんがね!〇〇✕✕なの!もしもし?聞こえてる?』
視界がぐにゃりとなった。
倒れそうになった。
でもそうならなかった。
何故なら十四代ちゃんがずっと支えてくれていたから。
私の体重を支えてくれていた。
手を握ってくれていた。
一緒に泣いてくれていた。
十四代ちゃんのおかげで冷静さを取り戻す事が出来た。
担任の車で実家に向かう稲田姫に、最後まで一緒に付いて行くと言ってくれていたのも十四代ちゃんだった。
「十四代ちゃん、本当にありがとう。もう、大丈夫だから…」
稲田姫はそう言って、十四代に微笑みかけて見せた。
「何かあったら…すぐに連絡して?」
と瞳に涙を浮かべながら最後まで見送ってくれた友。
幸いな事に、母の病状は峠を越え一命を取り留めた。稲田姫の献身的な看護の甲斐もあって数日後には意識も戻り、簡単な会話が出来るまでに回復した。
1週間が経ち、食欲も戻ってきた母。
「稲田姫ちゃん、林檎が食べたいわぁ」
そう言って微笑む母。思えば母のワガママなんて初めて聞くかもしれないと思い、思わずクスッと笑いながら、
「分かった。ちょっと買い物に行って来るね!それと。しばらく家に帰っていないからちょっと様子も見てくる」
そう言って病室を出ようとした時だった。
「やっほー!」
ドアの外に立っていた十四代がニッと笑って稲田姫にピースサインを送った。
続く
第参話、完走です!
十四代ちゃんと稲田姫ちゃんのストーリーが長くなり過ぎてしまい、2回に分けます🙇🏻♂️
次回以降のネタバレになるので多くは語りませんが、酒娘育成学校の設定を考え始めたら妄想が止まらなくなりました😅
学園生活をアナザーストーリーとか、短編で書いても面白いかもしれないですね🤭
今回初登場サケ娘 稲田姫
男の正体は次回明らかになります。
次回第肆話をお楽しみに!
※実在の酒蔵、銘柄とは一切関係ありません。
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