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【小説】酒娘 第壱幕#010

第拾話 フレネミー

菊水は引退したとは言え、元連合司令官という肩書きがあった。だから彼が連合本部に到着した時は受付から代表室のあるフロアまで丁重に案内された。

「こちらの部屋でしばらくお待ちください。」

と、代表秘書に案内されてからかれこれ1時間以上経つことに次第に苛立ちを隠せずにいた。

「ったく、客人にお茶の1つも出せないのかね…」

何が起きているのか連合の連中も状況把握に必死になっているのだろうが、それにしては静か過ぎるのも気にかかる。
その時、不意にドアがノックされ若い男が周囲を気にしながら部屋に入ってきた。

「師匠、お久しぶりです。出羽燦々でわさんさん、ずいぶんと逞しくなったな!」

「兄さん!!」

菊水を師匠と呼び、出羽燦々から兄さんと呼ばれた男は、出羽燦々に向かって静かにする様に合図を送った。

「師匠、ここは危険です。私が今から司令部へご案内します。」

美山錦みやまにしきよ、危険とはどういう事だ?」

久しぶりの弟子との再開を喜んだのも束の間、緊張した顔つきの美山錦を見て、菊水は自分達が置かれている状況が余り良くない事を悟った。

「詳しい話は後です。かく今は私と共に参りましょう。」


ー神国日本奉酒連合司令部ー

「司令、菊水師匠をお連れしました…!」

菊水、出羽燦々は連合本部地下にある司令部に美山錦に伴われて到着した。
そこで待っていたのは、現司令官である愛山あいやまと、1人の女。

「菊水殿。お久しぶりでございます。お待ちしておりました。」

愛山は恭しく敬礼し、菊水に握手を求めた。
その手をぐっと握り返しながら場違いの女に猜疑の目を向けた。
金色のスパンコールの薔薇の花が刺繍された色鮮やかな真紅のドレスの女。

「そちらのお方は?」

「こちらは亀泉かめいずみちゃんです。神酒GPには出ていませんがれっきとしたサケ娘です。」

「菊水様、お話はかねがね聞いておりました。お会い出来て光栄です。」

亀泉は中世の貴族のようにスカートと裾を持ち上げながら菊水に会釈をした。
まだ訝しげに亀泉を見る菊水に、愛山がすかさずフォローする。

「緊急の招集だったものでこのような格好をしておりますが…彼女は司令部の諜報担当官です。」

「ちょうどある場所へ潜入捜査中だったもので…お見苦しい姿で大変恐縮です。」

菊水は亀泉の妖艶さに良からぬ物を感じ、たじろぎながらも

「それは失礼した。ところで穏やかでは無い様子だが…愛山よ、何があった?」

「菊水殿。まずは数々の御無礼をお許し頂きたい。しかし連合も一枚岩では無い…という事、菊水殿も前司令官としてご存知の事と思いますので、担当直入に申し上げます。」

愛山は鋭い目付きで菊水を見つめながら、美山錦に出羽燦々を連れて席を外す様に促した。2人が別室へ移動するのを見届け、話を続けた。

「ひとつだけ、確認させていただきたい事があります。菊水殿はどのようなご要件で連合本部へ?」

「あぁ、既にお主も知っているだろうが、十四代ちゃんが行方不明となった。愚弟の五百万石も一緒にな。あの十四代ちゃんの性格からして、このタイミングで失踪など有り得ん。しかも五百万石と二人共になどど。ワシは直感的に何かに巻き込まれたと感じ神酒GPの本部を訪ねたまで。」

菊水が話している間、愛山は鋭い目つきのままじっと菊水を見つめ、菊水が話終わると亀泉へ目配せした。

「えぇ、菊水様はここにお着きになられてから1度も嘘はついておられません。ただ、私の事は未だお疑いのご様子で。」

亀泉は愛山にそう 伝えると、怪しげな笑みを浮かべながら菊水へ向き直った。
亀泉の特殊能力『玉亀之鏡ぎょくきのかがみ』は、対象の心を鏡に映し出し心の内を暴く言わば読心術の強化版であり、この能力を愛山に見出され司令部へ加わった経緯がある。

「そうか、それは無理もない話。菊水殿はこの世で最も神に近しいお方だからな。亀泉ちゃんの怪しげな雰囲気を感じておられるのであろう。」

そう言って少し表情を緩めた愛山は、菊水に軽く頭を下げた。

「菊水殿。貴殿をたばかるような真似をした事お許しください。しかし、それだけ慎重に事を運ぶ必要がある…という事は御理解頂けますでしょうか。」

菊水は愛山から並々ならぬ威圧感を感じ取り、自分自身も既に巻き込まれている事を悟った。

(これは、了承というより、脅しだな…しかしもう後には引けそうに無いぞ…)

「私はとてつもない規模の汚職の可能性を突き止めました。」

「何だと?どういうことだ?」

「半年程前から連合内に不穏な動きがあり、この亀泉達諜報部隊に密かに調査させておりました。こちらが関わっている者のリストになります。」

そこには、かなりの大物議員、財界のトップの名前と写真が記されていた。
そして菊水が良く知る男と女、神国日本酒娘育成学校校長、蘆名あしな。神国日本奉酒連合代表、伊奈いなの顔もあった。
これが事実だとすれば、代表を訪ねた菊水に対し、ここは危険だと言った理由も理解出来た。

「な、何と…こんな事が…」

「この情報はここにいるメンバーしか知り得ない情報です。そして十四代ちゃんはこの事案に巻き込まれている可能性が高い。」

「何っ?何を根拠にその様な…!!」

「まだハッキリとした事は調査中です。が、不正に紛れて十四代ちゃんの特殊能力を何者かが我が物にしようとしたのでは…と言うのが現時点での当方の見解です。」

菊水は一瞬考え込んだ。もし愛山の推測が事実だとしたら、十四代ちゃんに命の危険は無さそうである。しかし、あの性格であるからもし相手を怒らせる様な事をしたら…

「悠長な事を言っておれんな…」

「はい、仰る通りかと。菊水殿、是非とも御協力をお願いしたく。」


ー連合本部医務室

「寝たか。」

「えぇ、御要望通り特別な鎮静剤を使いました。3日は目覚めることは無いかと。」

「うむ。では私はしばらく留守にする。そうだ、江戸小町ちゃんにも特製の飲み物クスリを。私からの祝いだと伝えてくれ。それと…半蔵は色々と知り過ぎた。記憶操作きょういくを頼むぞ。」

「かしこまりました。蘆名校長。」

十四代ちゃんのレシピを手に入れた蘆名は、
上機嫌に車に乗り込んだ。
(これでいよいよ…我が一族の念願が…)

ー携帯の着信音

「もしもし…えぇ、私の目的は達成しました。
ー小娘ですか?はい、今は代表の研究所で身柄を確保しています。
ー心配はご無用です。万一にでも先生にご迷惑をお掛けする事はありませんから。
ーえぇ、もちろんです、先生。今年の奉酒適合米の選定に関しては天叢雲あめのむらくもに一任しておりますので、彼に何なりとお申し付けください。
ーえぇ、では。」

電話を切った蘆名は途端に機嫌が悪くなった様子で、

「守銭奴のクソジジイが。まぁ良い。薄汚いタヌキ共の相手も今回が最後だからな。」

羽田空港に到着するや専用機に乗り換え飛び立った蘆名。
稲田姫の酒蔵を目指して。

続く


第拾話完走しました!
今回は十四代失踪の謎を追うイケオジ
菊水編でした。

初登場サケ娘は『亀泉』ちゃん
表紙からもお分かりのように
妖艶な雰囲気を醸しております。

敵か味方か⁉️
疑心暗鬼になる回💦

次回もお楽しみに❣️

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