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【小説】酒娘 第壱幕#016

第拾陸話 伏見の激突

櫛名田比売クシナダヒメは退屈そうに、しかし全くの無表情で両手を動かし何かを操っている仕草を続けていた。

「櫛名田比売はん、わらわにお力をお貸しくださりほんにおおきにどすぇ。京を鬼が支配する…セイメイに積年の恨みを晴らす時が来らしますとは思いもしいひんかった事どす…オッホッホッ!」

櫛名田比売の妖力で復活を遂げたハシヒメ。
芸妓の様に白い肌から覗かせる窪んだ眼。鮮血の様に赤い唇から長い舌を覗かせていた。その舌先は蛇のように2つに割れ、獲物を追うかの様だった。また、井戸の底に封印されたからか、長い髪はしっとりと湿っており、乾く事は無く触手の様に蠢いている。

やかましいですわねこの下級怨霊が。私に話し掛ける暇があったら一刻も早く伏見を落としなさい。」

「オホホホ…これは申し訳あらしまへん…えらいご機嫌ナナメどすなぁ。」

(仕方の無い事とはいえ下級怨霊の品の無さと死臭のおぞましきこと…鼻が曲がりそうですわ。京の次はこの下衆どもを消し去るとしましょうか。)

櫛名田比売の手の動き。彼女は目覚めたばかりの妖力で京周辺一帯に邪悪な結界を張り巡らせていた。外界との途絶。異空間へ京ごと転送し無に還す。そのためには京の守護者であるセイメイを亡き者にする必要があった。
それは無意識の生存本能とでも言える行為、邪神となった櫛名田比売にとって今の一番の脅威は、彼女の妖力を超える神力によって祓われること。
可能性があるとすれば千年以上永きにわたり京の都を守護してきたセイメイの力。
目覚めたばかりの彼女はまずセイメイの力を削ぐ事を考えたのだ。

(あぁ、早く旦那様にお会いしたいわ。愛しの旦那様…)  

櫛名田比売の夫であり、天照大神アマテラス月読命ツクヨミの兄弟である須佐之男命スサノオは、大蛇オロチ足名椎アシナヅチの行方を追うと言って別行動をとっている。
故に櫛名田比売は、最愛の夫への恋しい気持ちを紛らわし、その退屈さの気晴らしのために神国日本を破壊、消し去ろうとしていたのである。

まずは手始めに封印されたストクを解き放った。その混乱に乗じ結界を張り巡らせたが、思いの外早くストクが祓われてしまったため自らが手を離せない状況になってしまった。そこでセイメイに深い怨みを持つハシヒメに妖力を分け与え、魑魅魍魎軍を操らせている。
解放されたハシヒメはたちまち宇治の人々を呑み込みながら北上し、今や伏見をも併呑する勢いである。
もはや残す所はスザクが護る伏見稲荷大社のみとなっていた。


スザクは神力を振り絞り応戦を続けていたが、その表情には疲労の色が見え始めていた。

「くっ!次から次に湧いてきやがる。キリがない!」

そう言って続々と飛び掛ってくる怨霊達に神力をたたき込むスザクとスザクを護る側近たち。その数およそ30。
100名ほどいた稲荷大社の宮司達は既に怨霊に取り込まれてしまっていた。
怨霊個々は大した力を持っている訳では無いが、人の持つ恐怖心を魂ごと喰らう性質がある。つまり、怨霊に恐怖を感じた瞬間に取り込まれ養分となる。

「いいかお前達、決して恐怖してはならん!
己の神力を信じて祓うのみ!今こそ南面の守護、四神の力見せようぞ!」

「ぎ、御意!!」

スザクに奮い立たされた側近達は懸命に怨霊を払い続けているが、ジリジリと追い込まれ始めている状況にあった。

(いつまでこんな状況が続くのだ…?
あ、あれは…!)

側近の1人、徳仁のりひとが怨霊に自分の妻子がいる事に気が付いた。

「智子!!陽菜!!お前達までも…!!
うわあああ!!!」

その瞬間、智子と陽菜だったものが男を取り込み増長していく。

『グォォォォッアォォォォッ…!!』

「しまった!!徳仁がやられた!!」

徳仁を失った事で動揺した他の側近達の心に感じてはならない感情が芽生えてしまった。

「お前達!!ダメだ!!」

スザクの叫び声も虚しく次々と怨霊に取り込まれていく側近達。

その様子を何の感情もなく見つめていた櫛名田比売は心の底から深く溜息をついた。

「四神がこの程度とはたわいもない。
あぁ、退屈だわ…旦那様…」

その瞬間、スザク達が怨霊に取り込まれた辺りから一筋の光が差したかと思うと、光の輪が一気に広がり次々と怨霊が払われていった。

「何事?とても不愉快な光ですこと。」

櫛名田比売は表情こそ変えていないが、瞳の奥に光に対する憎悪の炎が見えるようであった。
光の輪の中心に一際大きな体格の男が姿を現した。ハシヒメにはその男に見覚えがあった。いや、忘れる筈もない屈辱的な感情が、ハシヒメの心の中にふつふつと湧いてきていた。

「あれは…ライコウ。オホホホ!櫛名田比売はん、妾を封印した張本人が来はりましたわ。あの男だけは妾の手で始末させてくらはりません?」

「ふん、好きにすると良い。」

「おおきに。ほな行って参ります。」


「ふぅ、何とか間に合ったな!玉乃光ちゃんを連れてきて正解だった!!」

「ライコウ様か!!」

「おう!スザクよ、遅くなってすまなかった。だがもう大丈夫だ!」

「スザク様、ご無事で何よりです。我ら伏見サケ娘衆の特殊能力で出来る限り取り込まれた方達をお救いいたします!」

「玉乃光ちゃん!貴殿も来てくれたのか。かたじけない!」

スザクが足元を見ると、玉乃光を中心に光が広がった箇所に男達が気を失って倒れていた。

「おぉ!取り込まれたはずの我が側近達が元に戻っているではないか!気を失っているだけか!?皆助かるのか?」

「取り込まれたばかりであれば…お助け出来るやも!!」

そう言ってサケ娘達が神酒を振り掛けながら
祈祷を始めた。先程も見せた光の輪。
伏見サケ娘衆が舞う神酒の舞が、玉乃光ちゃんの特殊能力『熊野速玉くまのはやたま』の浄化作用を増幅し『供饌ぐせんの光』となって悪しき意志を祓う能力で、その祓力はセイメイ曰く、我が護符と同等。

しかし、セイメイ1人ではこれだけの高範囲に効力を及ぼす事は出来無かったであろう。
正に起死回生の光。次々と光の輪が怨霊達を祓い、広がっていった。
舞う彼女達に襲いかかる怨霊はライコウとスザク達が護りながら祓っていく。ライコウが引き連れている男神は聖剣で、式神達は上空から護符と聖弓を使い次々と形勢を盛り返し始めた。

「よし!このまま祓い続けるのだ!1人でも多くの命を救うぞ!!」

ライコウが味方を鼓舞する様に大声を張り上げる。彼が合流して数分で既に半数の魑魅魍魎軍が祓われ消滅した。
このまま行ける!と皆がそう思ったのも束の間。

「うぉぉぉぉ!!!」

男神の叫び声と共に突如大きな地響きが起き、次々と男神達が大地の裂け目に落下していく。

「オホホホホ!!随分とやってくれはりましたなあ。あんた達、覚悟しいや!」

とてつもない死臭と共におぞましい念を放ったハシヒメが突如として現れた。彼女が起こした地割れによって多くの男神が犠牲になってしまったようだ。

「ライコウはん、お久しぶりどすなぁ。ずっとお会いしとうおましたえ。」

口元に笑みを浮かべたハシヒメが、鋭い目つきでライコウを睨み付けた。

「誰だお前?」

「お忘れどすかぇ?1000年前、ライコウはん、あんた妾の美しさにメロメロになっていましたのに…」

「いや、知らんなお前のような醜いバケモノなど。」

その瞬間ハシヒメの蛇のような髪の毛が逆立ち、束になってライコウの腕と脚に巻きつきライコウの身体の自由を奪った。

「醜い…だと??オホホホホ、あんたに封印された恨みを晴らさせてもらいますぇ。」


第拾陸話完走しました!
表紙は若かりし頃の頼光(ライコウ)
武芸に秀でており、
時の関白藤原道長や安倍晴明と共に
鬼退治をした事で有名です👹

ついに伏見での戦いが始まりました!
スザクの絶体絶命のピンチを救った
ライコウと伏見サケ娘衆
一気に形勢逆転かと思いきや…

次回ライコウとハシヒメの戦いに決着⁉️
お見逃し無く🙌

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