【小説】酒娘 第壱幕#008
第捌話 千里眼
伯楽星は大自然の中で、大好きな動物達と一緒に育った。
ー『千里眼』ー
いつからそれが出来たかと聞かれると、彼女は答えに窮してしまう。何故なら物心ついた時から出来ていたから特に気にした事もなかったのだ。だから自分だけしか出来ないと知った時は大変驚いた。と同時に、何処からかこの特殊能力の噂を聞きつけた興味本位の輩が近づいて来るようになったのが怖かった。
元々人付き合いが苦手だった彼女はさらに人間との関わりを避けるようになった。
そんな彼女が変わったのは、十四代と出会ってからだ。十四代の底抜けな明るさ、パワーに憧れのような感情を抱くようになった。
だから十四代が行方不明だなんて信じる事は出来なかった。
(菊水おじさんには先に帰れって言われたけど…向こうの方から確かに十四代ちゃんの気配がする…!)
伯楽星は咄嗟に駆け出していた。観客で混雑した人混みの中をかき分け、十四代の気配がする方へと向かっていった。
「す、すみません!通して下さい!!
あっ!ご、ごめんなさい!!」
そう言いながら急に駆け出した伯楽星に銀髪のポニーテールを揺らして何とか食らいついていく吟のいろは。
「ちょ、ちょっと待って下さい!はぁはぁ、伯楽星ちゃん!!いったい急にどうしちゃったんですかぁ…!!」
吟のいろはが後ろから伯楽星に声を掛けるが、その声に全く耳を貸さず伯楽星はどんどんと進んで行く。
(もう近い!あの辺だ!十四代ちゃん…!
どうか無事でいて…!!)
ドカッ!!グシャッ!!
激しい衝突音と共に何かが地面に落ちる音。
意識を十四代に集中する余り、目の前から人が飛び出して来た事に気付かずに出会い頭に激突してしまった。
「す、す、すみません!!!急いでいたもので…お、お怪我はありませんか?」
「痛てて…んにゃあ!!!ボクのスペシャル月見団子がぁ!!!」
伯楽星が激突した相手、猫耳の少年?は地面に落下し無惨な姿になった団子を見て、地面に突っ伏して号泣してしまった。
その様子に辺りは完全に人集りが出来て伯楽星はとてつもない注目を浴びる事となった。
「ツクヨミ様…!大丈夫ですか?
そこのお嬢様もお怪我は?」
そう言って人集りの輪の中に上空からひらりと少女が舞い降りてきた。
急に話を振られた伯楽星はフルフルと全力で首を横に振った。
「ボクの団子が…うっうっ…団子がぁ…!!」
泣きじゃくる猫耳の少年を抱き抱える様に起こした少女は猫耳の状態を確認すると
「お怪我は…無さそうですね。」
と言い、猫耳の服の汚れをパッパっと叩いて落とし、ズレた猫耳バンドの位置を修正した。
「この人間め!!ボクは団子をgetするために1時間もにゃらんでようやく食べれるとハッピーな気持ちににゃっていたのに…!」
「す、すみませんでした!!あ、あの、お団子は弁償しますので…」
猫耳の少年は泥と鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔でキッと伯楽星を睨み付けた。
「お言葉ですがツクヨミ様、ツクヨミ様の方も全く前を見ずに、団子getだぜー!!と叫びながらクルクル回って駆け出したので…こちらのお嬢様だけに非があるとは思えませぬ。」
少女は至って冷静に、事故の状況を分析した上で、猫耳に向かって毅然とした態度で話し、
「団子ならもう1つ、私が買いましたのでこちらをお召し上がりください。」
そう言ってボリューミーな三色団子を猫耳に差し出した。
「ウズメよ、それはお主の分であろう?」
「私は…もう食べましたので…」
最後まで聞き取れない位の小さな声でボソボソっと答える少女に、猫耳が激高した。
「にゃ、にゃんだと〜!?いつの間に食べたのにゃ!!そもそもおかしいではにゃいか。おひとり様1本までと言っていたであろう?」
猫耳が少女を問い詰めると少女は跪き、
「ツクヨミ様の食欲が凄まじいので…私が事前に店主にそう答えるよう依頼をしておりました。申し訳ございません。」
「ウズメ!ボクを謀ったか!!にゅおー!!許せん!!ボクには1本で自分だけ2本食べようなどと!!ズルいではにゃいか!!」
「お言葉ですがツクヨミ様、団子待ちきれんと、隣りの出店を全部平らげて仕舞われたのは何処のどなたでしょうか?」
少女のその問いかけに、猫耳は一瞬うっ!と後退りしたが、まだ納得出来ない様子だった。
「そ、それは悪い事をしたにゃと思っているにゃ…まさかウズメの好物が大判焼きとは知らなかったにゃ。」
「大判焼きではございません。御座候でございます。」
「うぬぬ、お主は上方の生まれかにゃ?御座候などと…いや待て待て、団子の話とすり替わっているにゃ!」
「ですから、ここはこの団子を差し上げますので、どうか御心をお鎮め下さいませ。」
少女は猫耳にまるで献上するかのように団子を差し出し、深く敬礼している様が非常に滑稽で、不可思議な光景過ぎて、周囲の人集りは完全に呆気に取られていた。
「わ、分かったにゃ。ウズメがそこまで言うならその団子、いただいてやるにゃん。」
猫耳は団子を受け取り、先程までの険しい表情から一転してニヤついた表情に変わり…
団子を食べようとしたまさにそのタイミングで…
「あ、あの!!」
伯楽星は全く空気が読めておらず、いつの間にか伯楽星の後ろにいた吟のいろはも、えっ今!?と目を丸くして伯楽星を見た。
「にゃんだ!!今食べようとしたのが見えなかったのかにゃ!!」
またしてもお預けを喰らった猫耳は、鬼の様な形相で伯楽星に向き直った。
「す、すみません!!貴方がたから十四代ちゃんと同じ力を感じたので…わ、私てっきり十四代ちゃんかと思ったのですが、あの…十四代ちゃんの事何かご存知では無いでしょうか?」
顔を真っ赤にしながら言葉を絞り出した伯楽星はこの2人に異様な雰囲気を感じていた。
「十四代ちゃん?知らにゃいにゃ!!もう団子を食べて良いか?」
そう言ってあんぐりと大きな口を開け、猫耳が団子を食べようとしたタイミングで、今度は少女が伯楽星を見つめて言った。
「お嬢様、その話、詳しく聞かせていただけますか?ここでは何なので…そうですね、あちらで」
自分よりも見た目が若く見える少女に、お嬢様と呼ばれた事に違和感を感じながらも、伯楽星は促されるままに特設休憩スペースの方へ向かう少女の後ろに付いて歩き出した。
「ほら、ツクヨミ様も。参りましょう。」
またしても団子を食べそびれた猫耳は少女の小脇に抱えられた状態で伯楽星の方を恨めしそうに見た。
「シャーッ!!」
「ひっ!」
「ツクヨミ様、お止めください。はしたないですぞ?」
「伯楽星ちゃん、置いてかないで!!」
人集りはこんなやり取りをして過ぎ去って行く3人+1匹の様子をただただ呆然と眺めているしか無かった。
「申し遅れました。私は天鈿女命と申します。コチラは月読命様でございます。先程のお嬢様のご発言が気になりまして…」
「わ、私のですか?あ、あの…その、お、お嬢様って言うの少し変な感じがして…わ、私は伯楽星と言います。そ、それからこちらは吟のいろはくんです。」
極度の人見知りである伯楽星は真っ赤な顔で精一杯の自己紹介をした。
「伯楽星殿、ですね。我々に御知り合いの御仁と同じ力を感じた…と。そう仰いましたでしょうか。」
天鈿女命は決してそんなつもりは無かったが、人との会話が苦手な伯楽星にとってはまるで詰問されているように感じ、中々言葉が出て来ないでいた。
「ムシャムシャ…伯楽星とやら。ボクはもう怒ってはいないにゃ。そんにゃに固くならずとも良いのに…ムシャムシャ…」
念願の団子を食べる事が出来、途端に上機嫌の猫、月読命が横から口を挟んだ。
「月読命様、下界ではしたないお振る舞いはお止めください。私が後で天照大神様に叱られます。」
月読命はふんっと言いながら再び団子に夢中になった。今口を開いたのも、真っ赤な顔で黙ってしまった人間に少し興味を持っただけで、99%以上の意識は団子に向かっていた。
「あのー…」
それまで全くと言っていいほど認識されていなかった吟のいろはが恐る恐る口を開いた。
「先程から色々気になる事があるのですが…」
「少年、失礼。名を何と申されましたか?」
「吟のいろはです…!」
「吟のいろは殿、発言を認めましょう。」
天鈿女命は吟のいろはに落ち着いたトーンでにこやか発言を促した。
「えっと、天鈿女命さん、月読命さん…そして先程会話に出た天照大神さん。あの…大変失礼な事をお聞きしますが、僕が良く知っている神話の登場人物と同じ名前だなと。」
吟のいろはがそこまで話すと、団子を平らげた月読命が如何にもといった満面のドヤ顔で答えた。
「当然にゃ。ボク達は神様にゃんだから。」
月読命の台詞に伯楽星と吟のいろははお互いの顔を見合わせ、ポカーンとした同じ表情で自らを神様と言う猫耳にゆっくり向き直った。が、視線は猫耳バンドに釘付けになっていた。
「信じていただくのは難しいかもしれませんが…月読命様の仰る事は事実です。私達はある使命を受け、先程下界へ参りました。」
天鈿女命はにこやかに、しかし威厳と風格を帯びた声色で続けた。
「伯楽星殿には我々に宿る力が見えるのですか?」
急に話を振られ、ビクッとした伯楽星は反射的に、
「あっ、はい。」
と答えた。
「そして、伯楽星殿が探しておられる御仁も我々と同様の力が見える…と?」
「そ、そうです…わ、私てっきり十四代ちゃんかと…」
しばし考え込む素振りを見せた天鈿女命は、優しく伯楽星の手を取った。
「伯楽星殿、そのお力、我等にお貸し下さらぬでしょうか。もちろん、まずは十四代殿を共に探しましょう。」
続く
第捌話 完走です‼️
伯楽星ちゃんの特殊能力『千里眼』
これは新澤醸造店さんの伯楽星の紹介文から
ヒントをいただきました。
シリアスな展開が多くなってしまい
コミカルな部分も描きたいと思って
今回の内容にしました。
これから3人+1匹🐱の旅が始まります。
お楽しみに✨
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