見出し画像

【小説】酒娘 第壱幕#013

第拾参話 マリーゴールド

「ネズミが3匹紛れ込んだよ。ウチがとっ捕まえて来ようか?」

「あら、どちらのネズミさんかしら?ちょっと見せてくれる?」

ここは神国日本国立神力研究所の所長室。
所長の伊奈いなは、報告に来た少女が映し出す映像を観察した。

「ふぅん、どうやって潜入したのかしら…おかしいわね、すれ違ううちの職員達、誰も気づいていないみたいね。」

いぶかしむ伊奈に少女は淡々と答えた。

「気配を消す神力みたい。まぁウチの前では丸見えだけど?」

その台詞に伊奈は目を丸くして、かなりオーバーリアクションで少女に微笑みかけた。

「あなたは凄いわ。さすが私の自慢の娘。
…そうね、しばらく泳がせましょう。何かあったら教えてちょうだい。」

伊奈はそう言って少女の赤くなった頬に口付けをした。

「分かったわ、ママ。何かあったらLINEするし。」

照れ隠しなのか、少し不機嫌な態度をしながらも嬉しそうに少女は、

「これ、綺麗な花。ママに良く似合うと思って摘んできたから。」

そう言って少女は花瓶に黄色い花を差した。

「まぁ、なんて素敵な花なの!嬉しいわ、江戸の華。」

「じゃあ行ってくるし。」

そう言って少女はそそくさと部屋を出ていった。

(ふん、この子が今のところ一番の出来ね。特殊能力も酒娘オリジナルを上回ったし、母想いマザコンで従順な所も扱い易くていいわ。)

伊奈はおもむろにスマートフォンを取り出しコールした。

『ーもしもし…江戸の華がネズミを見つけたわ。十四代を取り返しに来たみたい。えぇ、あの捕らえたコメ男子をエサにしてネズミ共を始末してくれる?
ーあ、サケ娘は使えそうだから生かしておいて。残りのネズミはあなたのご自由に。』

通話を終了した伊奈は、冷蔵庫からお気に入りのシャンパンを取り出し栓を開けた。
椅子に深々と腰掛け脚を組みながらシャンパングラスをクルクルと回しうっすらと笑みを浮かべ舌なめずりをした。

「気配を消す神力…あぁ、ちょうど欲しかった力だわ!」

そしてグラスのシャンパンをゆっくりと飲み干して、花瓶の花をゴミ箱へ捨てた。

「あの子、マリーゴールドの花言葉を知っているのかしら?
ふふっ、まぁいいわ。新しい神力を手に入れたら人格ごと入れ替えて仕舞えばいいのだから。」
不敵な笑みを浮かべる伊奈。その顔は母の顔とは程遠い、マッドサイエンティスト、狂気そのものであった。


研究所の一室で装備を整える男達。
彼等は非戦闘員であるが、有事の際には武装して抵抗し、情報漏洩防止に命を懸ける責務がある。
それだけ秘匿性の高い研究所。
異常なまでの情報統制。
ここを離れる職員はすべからく記憶操作を受け、研究所で得た情報は全て消去される。
そんな神聖で不可侵な研究所は、救援という名の部外者を呼ぶ事が出来ない性質上、自己防衛をせざるを得ないのだ。
しかし彼等は基礎的な訓練は受けているので、何の抵抗もなく慣れた手つきで銃器を扱い、素早く整列していく。
その中心にコメ男子筆頭である天叢雲あめのむらくもの姿と、1人の少女。

(伊奈所長の秘蔵っ子…いったいどんなまやかしを使うのか。頼もしくもあるが恐ろしくもあるな…)

天叢雲は退屈そうに脚をぶらぶらさせながら座る少女を見据えながら未知の生物と対峙する様な感覚に襲われていた。

「隊長サン、ネズミがエサにかかったよ。
…よし、上手く誘導出来たみたい。10分後、神力増幅室に来るんでよろしくね。」

少女は無表情のまま、天叢雲に向かって告げた。そして部屋を出て行こうとした。

「おい、何処へ行く?」

少女は面倒くさそうに振り返り、

「ウチがどうしようと隊長サンには関係ないし。せいぜい殺られないように頑張って。」

そう言い残して出ていってしまった。

(くっ、小娘が。)

しかし少女の予言通り、まんまと罠に掛かった3人を取り囲む事に成功した天叢雲は、改めて所長である伊奈とその娘、江戸の華の力に畏怖の念を抱いた。

(何たる能力…いずれ、滅っせねばならんな…)

「五百万石、ご苦労であった。」

天叢雲の声に驚いて振り返る3人。
その傍らには表情を亡くした五百万石がいた。

「良し、君達には我々と共に来てもらおうか。」

「あ、貴方は…天叢雲…さん!?」

「不法侵入で君達を拘束する。大人しくしたまえ。」

天叢雲の後ろには銃を構えた男達が、抵抗や逃亡を一切許さない姿勢を見せていた。

美山錦はギリギリと歯ぎしりをしながら思考をフル回転させた。

(この程度、出羽燦々の力があれば何とか切り抜けられそうだが…あそこで眠りに着いている十四代ちゃんが無事では済まない。
くそっ!冷静に考えろ!最善の策を…!
そうか、あの男を抑えれば…)

そして美山錦は出羽燦々と目配せをした。どうやら兄弟で考えが一致したらしい。
2人の意識が、一瞬天叢雲に集中したその時、後ろでキャッという短い叫び声がした。

いつの間にか五百万石が刈穂の首筋にナイフを当てて羽交い締めにしていた。

「五百万石さん!どういうおつもりか。貴方はいったい!?」

五百万石は美山錦の問いかけには全く反応せず、無表情のまま微動だにしなかった。

「侵入者である君達がこれ以上知る必要も無い。大人しく着いて来るか、あるいは…」

天叢雲が右手をスっと上に挙げると、30の銃口が2人に照準を合わせた。

(迂闊だった!五百万石さんから違和感は感じていたのに…)

美山錦が諦め、降参の意を示そうとしたその時だった。

「どけどけーー!!!!」

大きな叫び声と共に巻き起こる大爆発。
部屋にいる全員が何が起きたのか状況の把握が出来ていない中、徐々に煙が晴れ視界が確保されはじめた。
美山錦が恐る恐る爆発音の方に振り返ると、完全に伸びている五百万石が目に入った。そして猫?が刈穂を抱えていた。

「じゃじゃーん!!ツクヨミ様のお成りであるにゃ!!そのほうら、頭が高いにゃ!!」

猫に見えたのは猫耳を着けた少年のような白髪の少女。尻尾が激しく動いていた。

「な、何者だ!?」

美山錦達も驚いたが、それ以上に驚いたのは天叢雲で、完全に腰を抜かして立てずにいた。

「ま、待って下さい!!つ、月読命ツクヨミさん!!」

天井に空いた大きな穴から翡翠ヒスイ色の髪の少女と銀色の長髪の少年を抱えた少女がふわりと風のように降り立った。

「月読命様…全く貴方という方は…加減というものを知らぬのですか…!また天照大神アマテラス様に叱られる…」

「ウズメよ。細かい事は気にするにゃ。何とか間に合ったではにゃいか!」

「吟のいろは!!それと…伯楽星ちゃん!?どうしたのその髪?」

出羽燦々は完全に乗り物酔いをしてぐったりしている吟のいろはと、神力覚醒した伯楽星に気付き驚きを隠せずにいた。

「そこの少年、詳しい話は後だ。まずはここを突破する。」

天鈿女命アメノウズメがスっと構えた刹那、天叢雲の背後にいた30名がバタバタと倒れた。
それを見た天叢雲はヒッと短い叫び声を上げ白目を剥いて倒れ込んだ。どうやら気絶したようだ。

「じ、十四代ちゃんは眠っているけど、い、息はあるわ!」

十四代に駆け寄った伯楽星がそう言うと、天鈿女命が十四代が眠るベッドごとスっと抱えた。

「で、出羽燦々くん!!い、急いでここから脱出するわ!!は、早くこっちに来て!!」

伯楽星のその言葉にあまりの事態に固まっていた出羽燦々が我に帰った。
そして、伯楽星の元へ駆け寄ろうとしたが、思い直して仰向けで気絶している五百万石を抱えた。

「出羽燦々!何をしている!五百万石さんは私たちを騙し討ちにしようとしたんだぞ?」

美山錦が珍しく声を張り上げて感情を顕にした。その言葉に出羽燦々も応戦した。

「兄さん、分かっているさ。ただ、僕はどうしても五百万石さんが自分の意志でしたとは思えないんだ!だから…一緒に連れて行く!!」

「少年、時間が無い!!早く来るのだ!!」

出羽燦々が天鈿女命に捕まると、一行は天井の穴から超高速で飛び出した。

ーそれから数秒後。

「あれれ?殺られちゃったの?ださっ」

異変を察知した江戸の華は気絶する男達ともぬけの殻になった部屋に戻ってきた。そして、頭上の僅かに見える青空を見て、

「天井に穴ってガチ?この建物10階建てなんですけど…やばっ」

そして大きく溜息をついた。

続く


第拾参話、完走しました❣️

今回登場、表紙のイラスト江戸の華ちゃん
江戸小町ちゃんの妹という建付けです。

が、お察しの方もいるかと思いますが
奉酒連合代表、兼神力研究所所長である
伊奈が行う非人道的な研究によるものです。

彼女達の存在は今後どの様に物語に
影響してくるのか…

また、マリーゴールドの花言葉は
「愛情」「いつも傍に置いて」という
意味もありますが、
「嫉妬」「絶望」「孤独」といった
ネガティブな言葉もあります。

これが何を意味するのか

そしてついに十四代ちゃんを救出✨

今後の展開にご期待下さい‼️

高評価♡励みになります🙇🏻‍♂️

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?